我々日本人が考える日本人のイメージは西欧社会によって作られたもの。よく言われる〝世間〟(ムラ社会)ではなく、〝世俗〟(神を信じずに功利的に生きる)の方にある。意外と日本人は合理的な考え方を好む民族なのだ。全く新しい日本人論がここに。
日本人とアメリカ人のデフォルト戦略
アメリカ人は個性的だが利己主義で、日本人は集団主義で自己表現が苦手だとされる。誰もが当然のことと思っているが、それが事実かどうか山岸は実験によって確かめようとした。
この実験では、参加者はアンケートにこたえて、お礼にボールペンをもらう。ボールペンは五本で、そのうち一本だけ色がちがう。参加者には、このうち好きなペンを一本選んでいいと告げられる。
日本とアメリカでこの実験を行なうと、アメリカ人は少ないほうの色のペンを取ることが多いが、日本人は同じ色のペンを取る傾向が強いことがわかった。すなわち日本人は多数派に同調し、アメリカ人はユニークさを好む──。まさに、これまでの「常識」が証明されたかのようだ。 だが山岸は、この解釈に疑問を持った。日本では、文房具から家電製品に至るまで、〝ユニーク〟さを競うさまざまな商品が氾濫している。日本の消費者が多数派に同調することを求めているのなら、なぜこのような多様な商品が開発されるのだろうか。
そこで次に実験の設定を変えて、参加者全員の前でペンを選ぶようにしてみた。するとこんどは、アメリカ人もたくさんあるペンを選ぶようになった。アメリカ人も、他人が見ている前では遠慮するのだ。
山岸はさらに、他の参加者がすべて選び終わって、最後に選択するという設定も試してみた。するとこんどは、日本人の参加者も一本しかないペンを選ぶようになって、やはり日米の差がなくなった。
このことから山岸は、日本人とアメリカ人に個人として本質的なちがいがあるのではなく、それぞれのデフォルト戦略が異なるのだと考えた。デフォルトというのはOSなどの初期設定のことで、不特定多数のユーザーにとってもっとも無難な選択肢だ。
僕がこの実験を行ったら多分数の多い方のペンをとってしまうだろう。本当は一本だけ違う色のペンが欲しいけれども、他の人の中にも欲しい人がいるのではという要らぬ配慮をしてしまうからだ。自分が多数派になりたいわけではないが、これも日本人的なところかも。アメリカでの実験結果を見ても人が見ていると同じような結果に。これが人間が持つ芯のところなのだろう。
無力になることでゆたかになる
明治維新から今日に至るまで、日本の課題は〝グローバル〟という未知との遭遇だった。「外国」はつねに日本社会の大切なもの(文化や伝統)を侵す脅威であると同時に、世間のしがらみ(社会の 閉塞感)からひとびとを解放する福音でもあった。〝グローバリズム〟はあるときは「帝国主義」や「市場原理主義」として忌避され、あるときは「自由」や「進歩」の象徴として崇拝された。
グローバリズムには、経済的なグローバリズム(自由貿易)と政治的なグローバリズム(アメリカニズム)の大きなふたつの側面がある。ここでは主に後者について考えてみたいのだけれど、その前に「自由貿易は社会全体をゆたかにする」という大原則を確認しておきたい。これはものすごく簡単な話なのだが、最近では「自由貿易が世界を滅ぼす」と主張するひとたちが増えてきたからだ。
貿易というのは、国と国との交易のことだ。交易とはモノとモノ(ないしは貨幣)を交換することで、交換とはすなわち分業のことだ──まずはここから話を始めたい。
私たちが現在のゆたかさを手に入れたのは、高度な分業システムを構築したからだ。自給自足の伝統的な社会で暮らすひとたちと、欧米や日本のような先進国に生きる現代人は、ヒトとしての能力にほとんどちがいがないにもかかわらず、生活のゆたかさに天文学的な差が生じている。これは、現代人が自分一人ではなにひとつできないところまで分業を推し進めたからだ。
私たちは快適な家に住み、季節に合わせた服を着て、山海の珍味を楽しんでいるが、そのなかで独力で獲得できるものは数えるほどしかない。高度な文明社会では、ひとびとは〝無力〟になることでゆたかになっていく。
人間は誰も一人では生きていけない分業の世の中で生きている。貨幣を使い自分だけでは得られないものを交換して生きていく。貨幣を稼ぐため自分のできることを増やすわけだが高度な文明では人々は無力になることで豊かに。
日本人のイメージを根底からひっくり返し本質的なところを見ていく。そうすると我々が持っている日本人のイメージは案外間違っていたり西欧と変わらぬものだったりして人間という括りで考え皆同じであると考えた方がよさそうに。新たな日本人論がここに。
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