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煩悩力 悩みが多い人ほど幸せになれる|名取 芳彦|僧侶が教える、煩悩を生きる力に変える方法

僧侶が教える煩悩を生きる力に変えるコツ。煩悩はそのままだと私たちの心を沈め惑わすもの。しかし上手に付き合うコツがわかれば心穏やかに!!煩悩が深いほど、善い心も高く持ち上がります。これが煩悩力。

欲望にとらわれる──念

あなたが怒りっぽくなっているのはどんな時でしょう。あとから思い出してみると、いろいろな欲望(自分だけのご都合)にとらわれていることに気づかれるでしょう。

ご飯の炊き方ひとつでも、「硬い・軟らかい」の、好き好きがあります。

掃除は、掃除機を使う前に埃をひと拭きしないと気が済まない人。

書棚の本の並べ方に、大きさ順、ジャンル別などのこだわりがある人。

自分でご飯を炊き、掃除し、本を並べられればいいのですが、自分の流儀と異なったやり方でされると、我慢できないことがありませんか。

そのような自分の流儀を持っていればいるほど──とりもなおさず、たくさんの欲望にとらわれている人ほど、よく怒っているようです。

仏教では、爆発し暴力に及ぶような怒りのことを“〝 忿”〟 という煩悩だとします。この心のもとになっているのが、自分の欲望なのです。

欲望にとらわれ、自分のご都合通りにしたいという土壌に“〝 忿”〟 の芽が生えてきます。この芽を放置すれば、どんどん成長していきます。

やがて、欲望の土地に生えた忿の幹から、罵声、暴力、恨みなどが次々に枝分かれして、自分も他人も害するおぞましい大木に成長していく――それが、お釈 さま以来二千五百年続いている仏教の分析です。

欲望にとらわれ、自分のご都合と相反するものに出あうたびに、怒っていたのでは、毎日クタクタになります。毎日を心おだやかに、豊かに生きていけません。

自分ルールが色々とある人ほどそこから外れる行動を嫌がります。潔癖症などはその最たる例。自分なりのルールで決まったところにものがないと落ち着かないのでしょうがそれを人にまで強要すると嫌がられます。よく怒る人の典型です。我慢ならないと怒る前にその自分ルールを少し緩めれば解決できるのに。

なまける

なまける、怠惰について書こうと思って、いろいろ考えたのですが、私一人ではなかなかまとまりません。そもそも、私はなまけようと思ったことが、ほとんどないからです。仏教では「懈怠は、正しいことをやろうとしない煩悩」という分析なのですが、「そりゃ、そうだ」で終わってしまいます。しかし、どことなく憎めない「なまけもの」が、そう簡単に片づけられるとはとても思えません。

それならば、三人寄れば文殊の智恵。メモを片手に家族が 団欒 している居間へ乱入。ことの次第を打ちあけて、切りだしました。 「連想ゲームをやろう。ナマケモノと言えば?」 「お父さん」 「どうして?」 「朝寝坊で、なかなか起きてこないから」

末娘の即答した「朝寝坊」が、この後おもしろい展開になるとは、この時、予想さえしませんでした。

次に出た言葉は「宿題」でした。宿題をしなければならないのに、テレビや遊びに夢中になって、「まっ、いいや」となまけた人は多いでしょう。わが家の子どもたちも同様です。

そこから、「なまけるとは、やるべきことを、やらないでいること」というエキスが抽出されました。この場合は、本人が「やるべきこと」を知っているのになまけているという前提です。昔の数え歌に「七つとせ、なまけて遊べば馬鹿になる」という一節があったのを思いだします。すると次男が「だけどさ……」と言いました。 「だけど、本人はなまけているつもりはないのに、人に言わせると『あの人はなまけている』と非難されることは多いでしょう」

なるほど、本人にとっては「たいした問題でない」からやらないのに、周囲が「大切なことだから、やるべきだ」と考えれば、なまけものと言われます。本人にしてみれば、いわれなき汚名です。

学校しかり、会社しかりです。学校に入ったなら勉強すべき、部活動に励むべき、友達を作るべきだと大人は考えますが、それをせずにゲームばかりに夢中になっていれば、「なまけもの」の烙印を押されることになります。

望んで会社に入ったのなら、努力を惜しまずにやるべきことがあると上司や同僚は思いますが、それをしなければ「なまけもの、給料泥棒」の誹りはまぬがれません。

先の朝寝坊の場合、本人が「今日は、起きてやるべきことはない」と思っても、家族が家の手伝いをすべきだと思っていれば「なまけもの」になります。

本人の「やるべきことがあるか、ないか」という自覚によって、なまけものの種類が違うのです。周囲がいくら「やるべきことをやっていない」と思っても、本人にその自覚がなければ、仕方ないのです。よりよき自分になるためには、「自分にはやるべきことがあるのに、なまけている」という自覚があるほうがずっといいでしょう。

やるべきことをやらないと怠けているということだが、そもそもその事象が重要ではないと考えている人にとってそのタスクを行わないことは別になんともないこと。なので本人は怠けている感覚がなかったりするものです。〇〇すべきという概念がやるべきことを生み出しているのです。なのできちんとした生活を送るためにはある程度〇〇すべきという束縛があるべきです。

僧侶が教える煩悩をうまく利用してやる気につなげる方法論。こうしたらもっと善い日々を送れるというものをケースごとに解説。あなたを煩悩力で満たします。

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