植物の誕生から約5億年と言われるが、その長期間植物と病原菌は自らの生死をかけた死闘を繰り広げてきた。スパイさながらの防諜戦、大量破壊兵器とそれを迎撃するミサイル、感染すると細胞がアポトーシスする「自爆機構」など、植物と病原体の分子レベルの闘いは、きわめてダイナミック。そんな2者の攻防の裏舞台を解説。
病気はどうして起こるのか?
人類にとって、それは長い間の大きな謎でした。現代でも呪術師による「医療行為」は世界各地で行われており、日本でも今からわずか150年ほど前の明治初期には「人に呪いをかけると死刑」と 法律で 定められていました。それは当時、呪詛により実際に人の健康を害することができると信じられていた証左にほかなりません。病気が、天罰、祟りや人の呪い等で起こるとする考え方は、おそらく人類が「物を思う」ようになったときから、ずっと続いてきたのではないかと思います。
しかし 19 世紀に入ると、顕微鏡の普及で西洋において急速に進んだ微生物学の発展により、ルイ・パスツールのように病気の原因が微生物ではないかと考える研究者が出てきます。そして1876年にはドイツ人医師のロベルト・コッホにより、ヒトの炭疽病の原因が微生物(細菌) であることが、ついに証明されます。コッホは、結核やコレラなどの人類にとって脅威だった病気の原因が微生物であることを次々と証明していき、「感染症は微生物によって起こる」という考え方を確立します。
飢饉を引き起こす植物の病気も、長い間、原因がわかっていませんでした。人の病気と同じように、天罰のように思われていた記録も多く残されています。しかし意外に思われるかもしれませんが、植物の病気の原因は人の病気よりも早く、1860年代には微生物によるものと記述されていました。「植物病理学の父」とよばれているドイツのアントン・ド・バリーは、病気になった植物に特定の微生物が存在することを発見し、それがどのような生活環をもっているのか、詳細に観察して記録に残しています。植物の「宿敵」たちの姿が初めて捉えられた瞬間でした。
呪術をテーマにしたアニメが流行っているが明治時代にはそれを本気で恐れた法律があったのには驚き。オカルトの世界では人を呪う行為が今でもあるみたいだが、そんな非科学的なものを信じるよりこの書籍のように植物たちが長年にわたり病原菌と繰り広げてきた分子レベルの死闘をみる方がよっぽど現実的。
病原菌に不利益をもたらす非病原力遺伝子
ダーウィンの進化論とメンデルの法則の発見によって生まれた遺伝学は、著しい発展を遂げ、 20 世紀になって遺伝情報DNAの変化こそが進化の原動力であることが明らかとなりました。植物と病原菌のせめぎ合いの進化も、お互いのDNAの変化によるものであり、遺伝学的に説明できます。
20 世紀半ばに、植物病理学者ハロルド・ヘンリー・フローは、繊維や亜麻仁油の原料として使われているアマに感染するさび病研究から、植物と病原菌の遺伝学的な関係のモデル「 遺伝子対遺伝子説(Gene-for-gene hypothesis)」を提唱しました。宿主植物の病害抵抗性と病原菌の病原性は、双方の 遺伝子のアレル(対立遺伝子) の関係によって説明可能であるという仮説です。
アレルは、かつては対立遺伝子とよばれていたもので、特定の遺伝子座(染色体やゲノムにおける遺伝子の位置) にある、DNA配列に違いのある遺伝子を指す専門用語です。たとえばヒトのように、父親由来の染色体と母親由来の染色体が対になっている2倍体の生物では、2本の染色体の同じ位置に、父親由来のDNA配列と母親由来のDNA配列があります。父親由来のDNA配列と母親由来のDNA配列との間に違いがある場合、2つのアレルをもつということになります。
「遺伝子対遺伝子説」では、植物の病害抵抗性は、宿主側の特定のアレルと病原菌の特定のアレルが組み合わさったときのみ発揮される、とされます。喩えて言うなら、病原菌が、武器となる矛をもっています。矛には、いろいろなタイプ(アレル) があります。一方、植物は、病原菌に対抗する盾をもっています。盾もいろいろなタイプ(アレル) があります。病原菌の矛は強力で、植物のもつほとんどの盾は、その矛を有効に防ぐことができません。しかし、植物の盾の中には、病原菌の特定のタイプの矛を完全に防ぐことができません。しかし、植物の盾の中には、病原菌の特定のタイプの矛を完全に防ぐことができるものがあるのです。もし植物がその盾をもっていて、病原菌がそれに対応するタイプの矛をもっていた場合には、抵抗性が発揮されて、病原菌は植物に感染できなくなります。
少し不思議なのは、この「遺伝子対遺伝子説」によれば、抵抗性が発揮されるのは、特定の矛と特定の盾が組み合わされたときのみであり、もし病原菌がその矛をもっていなければ、植物の盾は役に立たず、病気が起こるということになります。矛も盾もなければ、感染できるのに、病原菌はなぜわざわざ矛をもっているのか? これが謎です。
別な言い方をすれば、植物病原菌のもつ遺伝子群のなかには、宿主植物の病害抵抗性を誘導する、自らに不利なアレルがあるということになります。このような病原菌に不利益をもたらすアレル(矛)のことを非病原力遺伝子とよびます。そして、非病原力遺伝子に対応する宿主植物側のアレル(盾)を抵抗性遺伝子とよびます。
非病原力遺伝子がもたらす病害抵抗性の多くは、植物がもつ最強の防御機構である過敏感反応によるものです(第3章参照)。過敏感反応は、病原菌の標的とされた宿主細胞が、病原菌ごと自爆する攻撃で、これが発動されると病原菌は、それ以上周りの細胞へ感染できなくなってしまいます。この病原菌に圧倒的な不利益をもたらす非病原力遺伝子の多くは、病原菌から外へ分泌されるタンパク質をコードしています。この分泌タンパク質が、植物の中に取り込まれ、抵抗性遺伝子によって感知されてしまうと、過敏感細胞死という自爆攻撃をともなう防御機構が発動されてしまうのです。
いったいなぜ、病原菌が、植物に利益をもたらし、自身の生存を脅かす遺伝子をもっているのでしょうか? その答えの根底に、病原菌と宿主植物との間の激烈な分子レベルの攻防の進化史があります。
植物たちが持つ遺伝情報には時として防御機構を格段に向上させる変異が見られる時がある。それが進化なのだがそれを繰り返し人間と同じように植物たちも進化し続けているのだ。気候や外敵から身を守るための進化は生き物にとっての生存戦略なのだ。
植物も人間などと同様に進化してきた。その過程では病原菌などと行われてきた分子レベルの戦争がある。人間に置き換えるとスパイ活動にミサイル攻防とその様相も多様。生き残りをかけた戦いがそこにある。
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