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都市と地方をかきまぜる 「食べる通信」の奇跡で生産者に想いを馳せる

      2016/11/14

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都会と田舎。その狭間で大きく揺れ動く都市市民たち。彼らの脳裏では、都会と田舎、便利さと豊かさ、そのどちらを選ぶかという二者択一が待っている。しかし現在、都会も田舎も行き詰まり選択もより困難になっている。一見きらびやかに見える都会も一皮むけば、様々な問題を内包し、限界都市といっても過言でない状態に。東北の農業や漁業の現場を取材したタブロイド紙と、野菜や魚などの生産物をセットで届ける新しいタイプのメディア「東北食べる通信」。その編集長が、「都市」と「地方」を切り口に、これからの農業・漁業、地域経済、消費のあり方、情報社会における生き方までを語った書籍。

生産現場の「顔」が見えない

生産者だけではない。食べ物の裏側には、これらの食べものが「生きもの」だった世界があったはずだが、その世界と接続を断たれた消費者にとっては、もはや工業製品となんら変わりはないものになってしまっている。彼らにとって、食べるという行為は車にガソリンを給油することに近い。生きものに感謝する「いただきます」や「ごちそうさまでした」も、単なる形式的な儀式へと変容してしまっている。

確かに食べものを口にするとき生産者の顔を思い浮かべながら食べる人はごく少数だろう。たまにスーパーなどでトマトやキュウリ、ピーマンなどに生産者の似顔絵と名前の入ったものが売られているが、これといって有り難がることはない。ただ食の安全という観点からそういった商品を選んでいるだけだ。こういった試みは、顔をや名前を出す以上、中途半端な食品は出荷できないといった農家に対する縛りでもあり、高品質の野菜を作れば、その分だけ価格を上乗せできるといった効果もある。一方、近年では形が規格外だが味は一緒といった訳あり商品も〝もったいない〟の精神から出回るようになり僅かながら農家の収入源になっている。

一次産業は大事だという一方では…

「冷蔵庫行き」こんな言葉がある。「冷蔵庫」とは水産加工会社のことで就職がうまくいかなかった学生の最後の砦になっているという。収入が低く、イメージが悪い、結婚できないなどの理由から、学生は卒業時にほとんどは一次産業以外の会社に就職する。そのため年々従業員の高齢化が進み、年寄りが年金をつぎ込んでなんとかやっているのだという。一次産業は大事だ、農漁村は必要だという反面、日本の農家や漁師が額に汗して生産した食材が入った500円の弁当でなく、海外の安い食材を使った280円の弁当を買う。

5K産業といわれて

生産者の現場は「きつい、きたない、かっこ悪い、稼げない、結婚できない」の5K産業といわれ、若年層は一次産業から遠ざかってきた。

食べ物の裏側(=生産者)の情報を手にした人は、私のように生産者を見る目が変わる。その世界観を知れば、共感と尊敬の念を持って生産者に接するようになる。その結果、生産者の社会的地位は向上し、その結果収入も増え、目指す若者も増える。

一次産業の問題といえばなんといっても若年就業者の不足だろう、政府やその他機関も生産者育成に取り組んで入るがまだまだ一時さんん行を維持していくだけの人数には達していない。たまにテレビで一次産業従事者の婚活的なバラエティ番組をやってるのを見かけるが、その後どうなったかな追跡までして、やっていけてるかどうか?そこに馴染んで幸せを感じているかまで放送しないと、ただの一次産業を笑いのタネにしただけの番組になってしまう。生産者と消費者との間にはまだまだ大きな溝があるといえよう。

アマゾンでは売っていないリアリティや関係性

意識や物質レベルでのフロンティアは今日ではもはやアマゾンやアップルに開拓し尽くされた感がある。都会のマンションの一室でiPhoneをワンタップすれば、数時間後には望む商品が届く。iPhoneやiPadを一台持っていれば、世界中の情報だけでなく、音楽、絵画、スポーツ、旅、食、経済、教育など、あらゆるジャンルの「疑似体験」もできる。

金さえあればなんでもすぐ届く世界。インターネットが登場したばかりの時の高揚感は薄れ、情報洪水に溺れる中、生きる実感や、人間同士の関係性などが贅沢とされているような気もする。

この本を読んで少しの間は生産者に想いを馳せ食事をすることになるだろうが、しばらく経ったら、また遠い存在になってしまうだろうなと…。物事はあまりに日常化すると有り難味が薄れるのが世の常。できるだけ国産を買うようにするとか、そういった事でしか貢献できないと感じた。

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