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われわれはなにかを殺して食べている!

      2018/06/16

ブタもクジラも食べるのに、イヌやネコはなぜ食べないのか?宮澤賢治「よだかの星」、食育の実験授業「豚のPちゃん」、反捕鯨映画『ザ・コーヴ』…食をめぐる身近な素材を、フランス現代哲学と日本哲学のマリアージュで独創的に調理し、濃厚な味わいに仕上げたエッセイ。食の隠れた本質に迫る逸品。

生きたまま喰われるシマウマの痛み

もちろん私や私の子供たちは、おなかをすかせたひもじいライオンの子供に共鳴し、それと同一化することもできる。野生獣であっても幼い生き物である。彼ら自身がつねに死に瀕していることは周知のことだ。ライオンだろうがなんだろうが、サバンナの野生で生まれた幼獣が大人になるのは並大抵のことではなく、別の捕食者に喰われたり、体力がなくなって死んだりすることなどいわば日常茶飯事だろう。だからこの場合私は、容易にライオンの子供に共鳴することができる。久々に食べ物にありつけてよかったねと。しかしながら喰われるシマウマはたまったものではない。

シマウマがライオン等に捕食されるシーンなどはテレビで普通に放映されている。残酷だという人もいれば、飢えに苦しむライオンの赤ちゃんのためには仕方がないのでそれを子供たちに教えるには良い教材となるなどという意見も。普段僕たちの食卓に上がる多種多様な食料は捕獲された様々な動植物であることを考えてみると、食物連鎖のありがたみがわかるだろう。同時に絶滅危惧種などの保護などに理解を示す要因にもなるのではないだろうか。

グレイゾーンにいるわれわれ

人食にについて、おそらくわれわれはきわめて得体の知れない、まさしく心の奥底の澱のような忌避感をもっている。しかしそれは法という仕方で明文化されるものではない。またそれがよいか、悪いかを明示的に論じつくせるものでもない。法だけを考えるならば、それは「罪」に問うことさえできないものである。ただそこでも、何かの掟のようなものはある。

子供の頃、人間を食べたら本当は美味しいから、あえてそれをタブーとしているのではないかなどと考えたことがある。どこかの金持ちが、誰にも知られずに人食を行っているが、表には出ていないだけなのではないかなどと想像したことも。そうでなくとも、山や海で遭難した時、1人また1人と仲間が死んでいく中、生き延びるために死んだ仲間を食うことができる人は何パーセントぐらいいるのだろうかなどと考えたこともある。僕は多分それができずに死んでいく道を選ぶだろうが、何人かの人は生き残りをかけて人食を行うのではないかと思ったりする。なんだか想像しただけで気分が悪くなるが牛や豚を食べるのとは違う道徳観が働いているのが人食だろう。

『ザ・コーヴ』に反発を覚える理由

『ザ・コーヴ』に対して、それに反発を覚える理由は、おおよそ二種類あるとおもう。ひとつは、オバリーや、(この時点で脱退しているとはいえ、広くいえば)その裏に存在するシーシェパードに対する直情的な反発がある。彼ら自身はヴェジタリアンかもしれないが、そもそも牛肉を山のように喰い、動物を殺すことにかんしてはかくも残虐なヨーロッパ系白人であることは確かである。そうした連中が、日本の「伝統漁業」であり、さらにいえば日本国内においてもきわめてマイナーな地域で少数の漁民がおこなっている漁に対し、国際的な騒動を起こして糾弾する姿勢そのものへの嫌悪感はあるだろう。

食文化はその国独特のものがあってしかるべきだし、それを他の地域の人間がとやかくいう権利はないのではないかとおもう。僕はタコが好きだが、いまだにタコを食べる習慣がない国だってある。ベジタリアンならいいのかという問いには、植物にだって生命は宿っていると考えれば糾弾されるものとなってもおかしくないはず。地域に根付いた食文化にNGを出す行為はあまりにも身勝手であると言えるだろう。

人間は毒を食べる

人間は、普通は他なるものは退ける。自己を守るためである。だが、食べることにかんしては他の生き物を殺して食べる。同族を殺すのはタブーであり食べない。「伴侶種」であればあるほど食べない。「豚のPちゃん」は食べられない。ペットになったものは食べられない。オバリーにとってイルカは食べられない。カニバリズムの概念は明らかに拡張する。しかし食べて口の中にいれ、味わい消化するのは他なるものである。そして毒であるものの根本的な規定とは、自分でないものを体内にいれることであろう。それでは人間は毒であるものを食べるという本質的な規定になってしまう。それでいいのではないか。

人間の料理の核になるものは毒に近い腐敗したものである。そして体に害のあるアルコールなどを摂取する習慣も。麻薬的なものを体内にいれる輩も。

コントロールされた腐敗物を摂取するのが人間であると考えると食事に対する考え方も少し変わってくる。我々は何かを殺して食べている。日々の食事にありがたみを感じるようになる一冊です。

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