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転機や節目しんどいが、越えるたびに本当の自分が見えてくる

      2018/08/13

人生とは、失恋、結婚、転職、死別、昇進、引越しなど、転機(トランジション)の連続です。その転機一体どうすればうまく乗り越えられるのでしょうか。本書では人生の転機「トランジション」を「終わり」→「ニュートラルゾーン」→「始まり」の3つに分け、人生の転機をどう乗り切るかを解説しています。あらゆる状況には「終わり」があります。「終わり」と次の新たな「始まり」の間の期間、「ニュートラルゾーン」に突入すると、これまで自分が置かれていた環境や立場がなくなり、自分自身が何者であるのかも分かでらなくなり、将来も見えなくなり、ぬけがらのようになってしまうのです。ニュートラルゾーンはこれまでの自分が失われ、先も見えない、とても苦しい時期です。著者はこう述べています。「人は跳び上がる前に、かがまねばならないのだ。このような旅はまた、たった一人で行くしかない。」「ニュートラルゾーン」では、急いで抜け出そうとして焦って行動を起こすのではなく、「終わり」を受け止め、空虚感や喪失感をしっかりと味わい、真摯に自分と向き合うことこそが、転機を活かし新たな「始まり」を迎えるために必要なことなのです。今まさに転機(トランジション)の渦中にある人にも、これから迎えるであろう人にも、ぜひ本書を頼りに一歩ずつ前に進み、そして人生の転機を活かしていただきたい。

トランジションのただなかで

自分が何かの「終わり」に際してどう対処するかを知るには、これまでの体験を思い返してみるとよい。子どものころまで振り返ってみて、何かの「終わり」を伴うような体験がなかったか考えてみるのである。家族の死のように重大で恐ろしい体験があったかもしれないが、ほかの人からすればとるにたらない些細なこと、たとえば、両親が旅行に出かけたとか、ペットが死んだとか、友だちが引っ越したといった出来事が、つらい思い出として 甦ってくることもあるだろう。こうして、自分の人生の旅をいろいろ振り返り、すべての「終わり」体験を注意深く調べていく。体に関すること、家族やほかの人々との人間関係、特定の場所やグループ、趣味や興味やスポーツに関すること、あるいは、責任、訓練、仕事に関わることもあるだろう。なかには、人に話しにくい「終わり」もあるかもしれない。そういう体験は、表には現れなくても、ずっと心の傷として残るものである。たとえば、純潔や信頼を失ったとか、責任を問われないですむ年齢が終わったとか、宗教的信仰を失ったときなど。あなたは、そのような何かの「終わり」をどのくらい思い出せるだろうか。

何か終わりを迎えるということは人生においてよくあること。僕の一番の印象に残っている終わりは、彼女と別れた際、彼女つながりで付き合っていた男友達がわざわざ僕に「もう二度と会うことはないだろう」などとわざわざ僕の職場まで言いに来たことだ。あれは一体なんだったのだろうか。それ以降本当に二度と会うことはなかったので推測でしかないが、多分、ちょっと前に彼が彼女と別れたと聞いていたので、それに対する相談なんかで僕の元カノと親密な関係になりそれを直接僕に報告しにきたということだったのではないかと思っている。終わりを思い出すと年齢に関係なくその頃の記憶が蘇る。「終わり」体験を振り返るのはこれまで未知の「始まり」に備えて、どれほど用意をして来たかがわかる。何かが終わり新たなスタートラインにすら立っていない時も結構あるものだ。

僕は初めての彼女をふって新しい彼女と付き合い始めたのだが、その原因は、彼女が道でナンパして来た男性と連絡を取り合うようになったからだ。それで一気に萎えて、その時仲が良かったサークルの後輩と付き合い始めた。その彼女も前述の通り「もう二度と会うことはないだろう」と言いに来た男友達の元へいったようだ。以来女性は、今付き合っている彼氏がいてもそれよりもっと楽しませてくれそうな男性が現れると一途でいられなくなるものという考えが刷り込まれてしまい。以来、十余年彼女がいない。失うぐらいなら最初から持っていない方が良いという考え方が身に染みついてしまった。

何かが終わる

終わりの各要素が生じていく順番は、決まっていない。たとえば離婚において、一方がアイデンティティ喪失を体験し、次に方向感覚を失い、やがて離脱の行動を起こす。ところが、もう一方は切迫した変化に気がつかず、離脱が先に起こり、次に覚醒へ挑むことになる。要するに、自然な順序とか正常な順番などはないのである。 「終わり」に対する反応にも、決まった順番があるわけではない。エリザベス・キューブラー=ロスは、末期患者がさし迫った死に対してとる五つの反応を見いだした。すなわち、否認、怒り、取引、抑うつ、受容の五段階である。 「終わり」に対して、同様の反応を示す人がいる。たとえば、エディプスがそうだろう。しかし、逆のコースをとる人もいる。彼らの場合は明らかな受容から始まり、ずっと後になって、トランジションの過程で何かを失ったことに気づくのである。大切なのは、トランジションのさなかにいる人に、「終わり」を体験させることである。職を失ったのは(転居したのは、心臓の手術をしたのは)あなたが最初ではない、などと言ってもあまり助けにはならない。もがき続けている人がいたら、そのプロセスにおいて、何か手放せないものがあるのだと言うしかない。その人は援助を、たぶん専門家の援助を求めるだろう。しかし、「覆水盆に返らずだ。泣くのはやめて、明るい顔をしたらどうだ」などという言葉は、聞きたくないだろう。

成功体験は人生の糧になる。それと同時に「終わり」の各要素が生じる順番は様々だ。恋愛に関しても一方がアイデンティティを喪失すると一気に方向感を失いその先に別れが待っている。

人生とは転機(トランジション)の連続。何かが終わった時、それは新しい趣味や人間との出会いに対して準備ができていれば、人生をより豊かなものにしてくれる。始まりの前のニュートラルゾーンでは何をすべきか考えさせられる書籍だ。

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