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遅いインターネット|宇野常寛|インターネットによって本来辿り着くべきだった未来を取り戻す

インターネットは世の中の情報の流れを劇的に上げた。しかし、今になってその弊害も現れ始めている。世界の分断、排他的な考え方の台頭。ポピュリズムによる民主主義の暴走は人類には速すぎるインターネットがもたらしたもの。インターネットが本来持つべきものとは何かを問う。

民主主義を半分諦める

平成の 30 年で、この国の経済は相対的に大きく後退している。「平成」がはじまったころ、日本はアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国だった。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉が時代を象徴するフレーズとして世界中に共有され、 20 世紀後半の重工業社会でもっとも成功したモデルとして日本的経営が評価されていた。

しかし、今日ではどうだろうか。端的に述べれば日本はかつての成功体験に引きずられ、 20 世紀的な工業社会から脱皮できないでいる。その結果 21 世紀的な情報産業は発達せず、東京はシリコンバレーや中国沿岸部といった、世界経済を 牽引 する都市群に完全に置いていかれてしまっている。

そして国という単位でも日本は隣国の中国の圧倒的な成長を前に為す術もなくあっさりと追い抜かれ、それどころか人口3分の2のドイツに追いつかれようとしている。経済的な豊かさの国際指標とされる1人あたりのGDPにおいてこの国は恐るべきことに世界第 18 位までに転落しているのだ。

かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と讃えられた日本的な経営は、いまや個人の個性を抑圧し、才能を潰し、組織の歯車にすることで、情報産業を支えるイノベーションを疎外するための仕組みでしかない。そしていまでもこの国では成果ではなくメンバーシップに対して報酬が支払われる制度が生き残っている。会社への忠誠心を測る基準として残業時間が評価され、「打ち合わせ」という名の上司や取引先への愚痴大会が稼働時間の大半を占め、その不毛で陰湿なコミュニケーションがそのまま夜の「飲み会」に反映される。こうしたコミュニケーションのためのコミュニケーションを反復する中で、人間は「個」を失い、独創的な思考を失い、組織の歯車となっていく。

かつての日本の技術力は今はもう過去のものとなりジャパン・アズ・ナンバーワンというフレーズも虚しく響く。シリコンバレーや中国沿岸部に遅れをとった日本はこれからどのように戦うべきか。立ち止まってみると過剰な競争が生み出した必要な人が限られる技術ばかりが目立つように。本当に必要とされているのはもっと遅いものなのかもしれない。

21世紀の共同幻想論

モノの消費は極めて個人的なことだ。この時期の人々は、モノの消費によって、どのような服に身を包み、どのような自動車に乗って、どのようなレストランを愛好するかで「自分」を表現しようとした。このモノの消費による自己表現はいまとなっては当たり前のことを通り過ぎて、多くの現役世代にはむしろみっともないことだと考えられている。金銭さえ払えば手に入るモノよりも、自分の内面と社会関係が充実していなければ手に入らないコトのほうが、今日においては圧倒的に強く人々を引きつけている。

だがここで留意すべきなのは、消費による自己表現という行為が一般化したのは、少なくともこの国においては当時(1980年代)がはじめてだったということだ。それまでモノとは生活のために必要とされているものであり、自己表現の対象では(ほとんどの場合)なかった。だが資本主義の勝利がもたらした1980年代の消費社会は、はじめて個人が自己表現としてモノを消費することを大衆に教えたのだ。

モノの消費とは、当時の日本社会にとって豊かさと、そして個人主義的な自由を体現するものだったのだ。消費による自己表現が空疎であることなど、当時から自明だった。だが、空疎であるがゆえにそれはある程度の経済的な安定があれば誰でも買うことのできる自由として、社会の個人化の、都市化の、象徴になった。その内実はゼロだったかもしれないが、マイナスをゼロにしたことも間違いない。

消費社会は何を買い身につけ何を使うかが人格を表すようなものだった。それが今はひと段落してこうした風潮を笑うような人たちも出てきて分断が進んでいる。多様化という意味では分断ではないいかもしれないが新たに一億総中流と言われた世の中がシフトしていく過程にある。

今必要なのはもっとスローなインターネットなのか?それとももっと速くを追求して人間を超えていくか?立ち止まって考えてみるいい機会だ。

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