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白昼の死角|高木 彬光

頭脳明晰、あらゆる手段を使い法律の盲点をつき完全犯罪を繰り返す知能犯。最後まで警察の追及から逃げ続けるこの犯罪者。その犯罪者目線で描く悪党小説。

ムッソリーニ作戦

右からはいってくる金をすぐに左への支払いにあて、見えすいた嘘をつきながら、一日一日を送らなければいけない剣の刃わたりのような状態は、人間の神経には、たえきれないほどの緊張の連続なのだ。こういう状態では、誰にしろ酒と女に気持ちをまぎらわせたくなってくるだろう。そうして、度が過ぎた酒色は、しだいしだいに人間の感覚を 麻痺 させてくる。きょうまでなんとかやってこられたのだから、あすも、明後日もなんとかやっていけるだろうという誤った自信を植えつけてくるものなのだ。鶴岡七郎だけは、こういう危険をまだ冷静に見ぬいていた。ただ彼がこのクラブを脱退して、自分だけでも安全なところへ逃げこめなかったのは、やはり女のためだった。  この点に関するかぎり、七郎も自分の手だけは白いと言いきれる自信はなかった。あの晩から、彼は綾香に対する恋のとりことなってしまったのだ。東大生ともあろうものが、芸者などにのぼせあがって――と、理性の声は叱咤するが、彼はこの点に関しては完全に理性をなくしていたのである。もし、このクラブを脱会したならば、一学生にすぎない彼には、とてもこういう待合などへは、通うことはできなかった。彼だけが家を買おうとしなかったということが、ほかの三人には、大変な心の負担を感じさせたのだろう。どこかで飲もうという相談がおこったときには、必ず七郎が場所を選定することになった。また、金づまりに困っている会社筋では、どのような手段に訴えても、急場をしのぐ貸し付けを希望した。一晩ぐらい自分の好きな待合に、好きな芸者を呼んでもらうぐらいのことは条件とさえ言えなかった。  このようにして鶴岡七郎は、危険を前途に感じながら、ついにほかの三人とともに、あの破局へ突入していったのである‥‥。

詐欺の典型的な手口として今でもこのような手口で詐欺を行おうという輩は多いのではなかろうか。この書籍の発売当初からすればこのような手口もまだ真新しいものだったかもしれないが。詐欺の世界に足を踏み込んだ主人公たちの序章がこうして始まっていく。

詐欺から逃れるための詐欺

これは、 架空 の投資者を作ればすむことだった。つまり帳面上は、二十人の投資者が持ってきた金を、この偽造証券を担保として梅田英造に貸し付け、その証券はまた、日証金に担保にいれて六百万円を借り出したことになっている。この共犯者と印刷所に払った二百万円は、架空の投資者に利子を払ったことにして、なんとか 捻出 できるのだった。こうすれば、帳簿上は、警察からどんなにつっこまれても、びくともしない体裁を整えている。だが、こういうからくりを知らない光一は、自分たちが捕まっている間に、八百万円もの新規投資があったと聞かされて、すっかり自信をとりもどしたようだった。 「そうかい。君たちにはずいぶん苦労をかけたけれども、その調子では、まだ大衆はわれわれを見すててはいないのだね。それならば、まだ大丈夫だ。災いを転じて福となすことも、できないわけはあるまいな」七郎は、暗澹たる気持ちで顔をそむけた。自分のしかけたトリックには違いないが、そういうあやまった判断のうえにたって、次の計画をすすめるならば、今後の事業方針には必ず狂いがくるはずなのだ。それを最後の忠告として言い残したうえで、いますぐにでも辞意を表明しようと思って、七郎がそのきっかけを待っているうちに、光一は、突然、彼にむかって、思いがけないことを言いだした。 「鶴岡君、君は金森光蔵という高利貸を知っているかね?」 「名前だけは……」 「あすでも会ってみようと思うんだが、いっしょに行ってくれないか?」 「なんのために……」 「僕たちは、いちおう物価統制令の違反でひっかかっているわけだね。僕は、金利は物価でないと頑張り通して帰ってきたのだが、この問題は、彼のほうが先輩になるわけなんだ。だから後輩としていちおう意見を聞いておこうと思ってねえ」七郎はごくりと生唾をのみこんだ。

詐欺に手を染めるとなかなか元の生活に戻れないものなのだろう。一緒に詐欺をおこなった共犯者からのプレッシャーだったり金銭的な問題だったり。天才詐欺師の大一番までの過程が詳細に描かれておりこの作品を読んで同じように詐欺に手を染める人がいないかと不安になるのは僕だけか?犯罪の現場に立ち会うかのような臨場感が表現されておりなかなか読み応えのある作品だった。

これがKindle Unlimitedで読めるのはかなりお得だと思います。読み放題書籍の中でも上位にくるのではなかろうか?Kindle Unlimited読み放題書籍に小説は少なめなので少ない中からのチョイスだがサブスク入っている方は是非読んでみてほしい。

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