感染症の世界史｜石弘之

感染症の世界史｜石弘之｜人類の長い歴史の中で地球環境の視点から感染症の正体へせまる

2021年9月30日

人間とウィルスの戦い。人類の長い歴史の中で地球環境の視点から感染症の正体へせまる。

性交渉とウイルスの関係

近ごろはタバコの恐ろしさばかりが強調されるが、セックスだってがんの原因になる。肝臓がんを引き起こす「Ｂ型肝炎ウイルス」や白血病の原因になる「成人Ｔ細胞白血病ウイルス」、エイズで有名になったカポジ肉腫を起こす「ヒトヘルペス・ウイルス８型」など、いずれもセックスでも感染してがんを引き起こす。世界保健機関（ＷＨＯ）によると、世界のがんによる死亡の二〇％は、性交渉から感染するウイルスが原因になるとしている。タバコが原因のがん死は全体の二二％とされるから、セックスはタバコ並みに危険だ。日本でも、国立がん研究センターの研究班の評価によると、がんの死亡原因で、もっとも多いのは「喫煙」で、男性の三四・四％、女性の六・二％を占める。ついで高いのが「感染症」で男性の二三・二％、女性の一九・四％である。つまり、タバコをやめて感染症に注意すれば、男性はがんの六割近く、女性の四人に一人のがん死が防げることにもなる。なかでも、若い女性に急増する子宮頸がんなどの原因になる「ヒトパピローマ・ウイルス」（ＨＰＶ）は、性感染症のなかでもっとも感染者が多い。よく話題になる細菌性の性感染症、クラミジアよりも多い。米国対がん協会は「がん撲滅キャンペーンは、タバコからＨＰＶに重点を移すべき」と提案しているほどだ。禁煙標語をもじれば、「セックスはいのちを縮める生活習慣」ということになるのだろうか。二〇一〇年に発表されたＷＨＯの「ＨＰＶとがんに関する報告書」によると、世界では年間で約四九万三〇〇〇人が子宮頸がんになり、約二七万三〇〇〇人が死亡する。死者の八三％までが発展途上地域で発生している。女性特有のがんでは、乳がんについで二番目に多い。現在の傾向がつづけば、二〇二五年には発症者は約七五万六〇〇〇人、死者は約四三万九〇〇〇人にのぼると予測する。子宮頸がんは世界的にみると、サハラ以南アフリカ、中南米、南アジアの貧しい国々に集中している。とくに、タンザニア、ザンビア、エクアドル、カンボジアなどで多発し、女性のがん死のトップが子宮頸がんという途上地域も少なくない。

癌の発症を恐れてタバコを敬遠する人は多いが、性交渉を止めようとする人はない。意外なデータだが、性交渉によっても肝臓癌を引き起こすのだそう。

世界で増殖するインフルエンザ

南極のアデリーペンギンから、二〇一四年五月に鳥インフルエンザウイルスの新型が見つかった。世界保健機関（ＷＨＯ）の専門家が、南極半島でペンギンの糞と血液から発見したものだ。鳥インフルエンザの唯一の空白地帯だった南極でも発見されたことで、鳥インフルエンザは全地球をおおうウイルスであることが確認された。このウイルスは「Ｈ 11 Ｎ２亜型」に似ているものの、「Ｈ３Ｎ８亜型」のウマインフルエンザと共通の祖先を持ち、五〇～八〇年前に分化した新しい亜型であることがわかった。ただ、発病したペンギンは見つかっていない。北極圏と南極圏を行き来するキョクアジサシなどの渡り鳥から感染して、南極に定着した可能性が高い。インフルエンザウイルスは本来、シベリア、アラスカ、カナダなどの北極圏近くで、凍りついた湖や沼の中にじっと潜んでいる。春になって渡り鳥のカモやガンなどの水鳥が繁殖のため戻ってくると、ウイルスは水鳥の体内に潜り込み、腸管で増殖する。渡り鳥は年二回の繁殖地と越冬地の移動の途中で、通過地点に糞といっしょにウイルスをばらまいていく。渡り鳥のなかには長距離を移動するものも多いので、ウイルスの「乗り物」としてはもっとも広範囲のネットワークを持っている。北海道大学の喜田宏教授と東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らの長年の研究で、このウイルスの生態がしだいに明らかになってきた。インフルエンザウイルスは、ガン・カモ類、シギ・チドリ類、カモメなどの水鳥以外にも、馬、牛、犬、猫、ネズミ、ヒョウ、アシカ、クジラなどの哺乳類から分離されている。これは、鳥からさまざまな動物を介して人に感染する可能性をしめしている。

インフルエンザウイルスは多種多様な動物にも影響を与える。鳥インフルエンザなど様々な動物を介して人に感染する可能性を秘めたこのウイルスとの戦いはまだまだ今後も続きそうだ。

感染症は世界規模で考えなくてはならない、自国以外で流行した場合に自国の医療体制を拡充しておけば新たな感染症に対する備えができたはず。歴史から感染症を学ぶべき。

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