上司にしたいと人気の日テレアナウンサー、藤井貴彦。その裏にあるストイックなまでの努力と入社から27年間続けてきた5行日記。そこに書き留められてきたこと、言葉と向き合い自分の土台を築いてきた彼のスタンスがわかる一冊。
発する言葉があなたを作る
夕方のニュース番組が終わると、私のデスクに後輩たちが集まってくれます。
そこに神社があったからとりあえずお参りする、という感覚に近いのでしょうか。 もちろん、私にお参りしてもご利益はありません。 ただ、その表情がきらきらしていたり、自分の放送に納得できず悔しそうだったり。 せっかく集まってくれるので、 こういう時こそ何か言葉を贈ってあげたいですよね。
もちろん、下手なことは言えませんので、 普段から後輩の仕事をしっかり観察して準備しておきます。 具体的に私が準備しているのは 「もし聞いてきたら、こんなことを言ってあげたい」というリストです。 そのリストは、本番中のわずかな合間に手元のノートに書き留めていくのですが、 最近は私がそのノートを取り出す動きを後輩が目ざとく見ていて、 とってもやりにくい(笑)。 なお、そのリストは後輩が聞いてこなければ、記録として残すだけです。 さて、どんなことを書いておくかというと、 例えば、「ニュースの読みが単調になってしまう原因とその解消法」などですが、 それを伝えたところで後輩がすぐに弱点を克服できるわけではありません。 このノートの役割は、どちらかというと、 以前のアドバイスとどれだけ重なっているか、 同じことを言われてモチベーションを失わないか、を確認することにあります。 ですから「アドバイスしすぎないように」注意するという意味で活用しています。
もともと私は、言葉の瞬発力だけはありました。 しかし、その言葉を選びきる慎重さに欠けていたと思います。 手元の一番近いところにあるまあまあの言葉をさっと 掴んで、後輩に手渡す。 こちらとしてはできるだけ早く、タイムリーに、と思って発した言葉なのですが、 そんな時はだいたい、後輩の表情が曇っていました。
言葉をかけてあげる時、そのチョイスによってその人の人となりがわかる。ちょっとした一言でその人がどんな人か表現。彼の周りに人が集まるのはそんな一言を求めて。普段の観察からメモに落とし込んでいるから出てくる言葉。集めて咀嚼し自分の言葉にというルーティーンを普段から行なっているからナイスチョイスができるのだと。
書くことで、努力の仕方を見つけ出す
私は今でこそニュースを担当していますが、 少し前まではスポーツ実況も担当していました(本当です)。 実況の世界は果てしなく深く、 私は入社1年目から実況のブラックホールに吸い込まれていきました。
当時、Jリーグは開幕2年目。 ゴールデンタイムと呼ばれる夜7時から、試合の生中継がありました。 駆け出しだった私の仕事は、主に先輩アナウンサーの実況サポートでした。 いざ放送席に入ると、 サポーターの大きな声援を聞いては圧倒され、 実況用の機材が目に飛び込んできては圧倒されていました。 実況しない新人の私が、一番興奮していました。
しかし試合開始のホイッスルが鳴り試合が始まると、 私の興奮をよそに実況する先輩は冷静で、 よどみなく、同じ表現を使わず実況をしていきます。 プレーが動く中でも、的確に言葉を選び取る先輩を見て、 私は絶望すら感じていました。 「大変な世界に入ってしまった。こんなことできない」 ここから「語彙」と「瞬発力」に挑む、しんどい戦いが始まったのです。
さて、この時も私が取りかかったのは「書く」ことでした。 会社にある先輩たちの実況ビデオをかき集め、 キックオフから試合終了まで、一言一句すべてを紙に書き出しました。
1試合分書き出すと、大学ノートにびっしり 15 ページくらいになるのですが、 必死にやっても書き終わるまで1週間はかかります。 それをとりあえず 10 試合分。なんとか3か月で完了しました。 今考えると古いアプローチですよね。 でも、AIだって基本的な情報を大量に「食わせて」成長しますから、 どの時代も基本の習得と分析が大切なのだと思います。
さて、その大量に書き出した実況ワードから、ある結論を導き出すことができました。 それは、 『実況は「つなぎの言葉」と「味な言葉」でつくられている』という結論です。
実況は頭の中の語彙と絞り出した繋ぎの言葉を巧みに使って行う言葉の総合格闘技感が強い。よく次々に言葉が溢れ出すなといつも感心するのだが、そこには涙ぐましい努力があったのだと改めて知った。やっぱ第一線で戦う人の努力量は半端ないなと。
言葉のプロが行っている伝える準備。周到に準備して言葉の現場に挑む彼のワークフローを公開。生半可ではない努力量によりひり出す言葉のワンダーランドへあなたも!!
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