私たちは言葉を通じて世界を見たり物事を考えたりする。それでは、異なる言語を話す日本人と外国人の間では言葉による認識や思考の違いはあるのだろうか?興味深い調査・実験の成果を紹介しながら認知心理学の立場からその影響について語る。
言語決定論、あるいはウォーフ仮説 翻訳不可能な言語の違い
言語と認識との間にどのような関係があるのかという問題に関して、最もよく知られているのは、先ほどのウォーフの思想だ。ウォーフはアメリカ先住民のホピ族の言語であるホピ語の分析などをもとに、人の思考は言語と切り離すことができないものであり、母語における言語のカテゴリーが思考のカテゴリーと一致する、と主張した。特に、ホピ語と英語をはじめとする標準西洋言語(Standard Western Language) との間の言語の隔たりは、「埋めることのできない、翻訳不可能な(incommensurable)」 ほど深い溝であると言って、大きな物議をかもした。
ウォーフ仮説をめぐる議論は様々な観点が錯綜し、最近までかなり混沌としたものだった。ひとつには、ウォーフ自身や、彼の考えに賛同する言語学者たちには、異なる言語の話者の認識や思考がほんとうに異なるのかという問題を科学的実験によって吟味するまでもなく、言語の間でことばによる世界の切り分け方が違うということ自体が認識の違いを反映している はず だ、という思い込みがあった。例えば、『レトリックと人生』をはじめとした比喩論で有名な言語学者、ジョージ・レイコフは、日本語の助数詞「本」についてたいへんおもしろい意味分析を『認知意味論』(原題 Women, Fire, and Dangerous Things) で展開しているが、彼は、そこで、助数詞でのモノの分類が私たち日本人の世界の認識の反映だ、と言い切っている。
助数詞(数を表す語に添えて、どのような事物の数量であるか示す語)は日本人の世界認識の反映とのこと。他国にある男性名詞、女性名詞がある国などもこれにあたる。翻訳で相応しい言葉が見つからないと言うことはなかなか起きることではないが、それが起こるほど表現が繊細だったり言葉のニュアンスだったりが微妙なことはままある。そう言うのをきちんと翻訳するのは一苦労だ。
言語情報は記憶を変える めがねとダンベル
図 12 のaに描かれている、二つの丸をつなげただけの絵を見てほしい。その後、本を閉じ、お茶でも飲んでから、この絵を見ずに、思い出して描いてみてほしい。そんなに難しいことではないと思う。
筆者が慶應大学で担当している授業に来ている学生たちを半分ずつ二つのグループに分けた。片方のグループの学生は、この絵を「ダンベル」というラベルといっしょに見た。その後、絵を見ずに、さっき見た絵を描いてもらった。するとこの人たちは、bのような絵を描いた。別のグループの学生たちには、同じさっきの絵を、「めがね」というタイトルといっしょに見せ、やはり見た絵を記憶で再現してもらった。すると、その人たちは、先ほど見た絵をcのように思い出して描いた。
つまり、同じ絵を見せられても、その絵に名前がつくと、その名前によって、その記憶が大きく変わってしまうのだ。「めがね」というタイトルと共に絵を見た人たちは、実際には描かれていなかっためがねのツルまで、あったと思いこんでしまったのである。
同様の実験を他の一〇余りの絵についても行ったのだが、その中で、一人の学生が描いた絵をお見せしよう(図 13)。両端に描いてある絵が最初に見せた絵、ことばはその絵といっしょに見せた絵のタイトルである。中央の絵が、もとの絵のそれぞれについて、この人が思い出して描いた絵である。それぞれ、絵のタイトルとしてつけられたことばが指すモノのイメージに向かって、元の絵が歪んでしまっていることがわかる。
このことは、言語と思考の関係を考えるときに大事なのは、例えば「青と緑を区別する言語」と「青と緑を区別しない言語」のように、違う言語の話者の認識が同じか違うか、という問題意識だけではないことを私たちに気づかせてくれる。私たちが、無意識に何気なく見ている世界の見方や記憶に、ことばは大きな影響を与えていることを、この実験は教えてくれるのだ。
緑と青を区別する言語。緑と青といえば信号機。俗にいう青の信号機はどう見ても緑色をしているそれでも青というのは世界的に見て緑と青を区別しない国があるからなのかもと考えると合点がいく。よく知らないが日本にもそうした緑と青の境が曖昧だった時期があったのかもしれない。
言葉と思考についてリンクするか否かを探っていくと面白い結果が随所に見られた。言葉が持つ汎用性を理解すると表現の幅って無限にも思えるが言語により壁も実際に存在するということ。面白い研究だ。
※この書籍はKindle Unlimited読み放題書籍です。月額980円で和書12万冊以上、洋書120万冊以上のKindle電子書籍が読み放題になるサービスが初回30日間無料となっております。PCの方はサイドバーのリンクより、スマホの方は下の方へスクロールしていただければリンクが貼ってありますので興味のある方はどうぞ。なお一部の書籍はキャンペーンなどで無料になっていて現在は有料となっている場合もありますのでその場合はあしからず。
【サブスク】 Kindle Unlimited
僕が利用している読書コミュニティサイト
【本が好き】https://www.honzuki.jp/