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『人間は、人を助けるようにできている』服部匡志

大切なのは、今、この瞬間。実感できれば人生は変わっていく。1万人以上のベトナムの人々を、無報酬で失明から救ってきたドクターからのメッセージ。

相手のやり方に身を投げてみる

日本では当たり前のことが、ベトナムでは通用しない。逆にベトナムでは当たり前のことが、僕にはまったく理解できない。ベトナムでは、午後は二時間ほどの休憩をとるのが習慣だ。彼らは午前中の仕事が長引いてまだ終わっていなくても、昼の十二時になると平気で休憩に入ってしまう。しかも昼寝付きだ。だから時間が食い込むと、とたんに機嫌が悪くなった。僕ひとりが手術室に残されることもあった。午後もすべての手術が終わっていなくても、勤務時間が終了する一六時ごろになれば予定していた手術をすべてキャンセルして、帰り支度を始めてしまう。患者さんたちは病気を抱え、なけなしのお金を使って遠い地方からハノイにやって来ている。そんな相手の事情などおかまいなしに、彼らは病院の規則や自分の権利を主張した。しかし、勤務態度はまじめだった。仕事を怠けているわけではないし、悪気があってそうしているのでもない。ただそれが、これまで長い間続いてきた習慣なのだ。彼らには彼らのやり方、考え方がある。

休憩をしっかり取るのはお国柄だろう。日本は以前のモーレツ社員と言われた時期に「24時間戦えますか」などのキャッチコピーが生まれるほど仕事に対して熱心だった。徹夜で会社に残って仕事をするなんて言うのも当たり前の時代だ。その名残が今でも残った会社があるので休憩に対する外国人の考え方との間に乖離が起きる。僕の働いていたゲームセンターでは店舗の従業員が3人しかおらず、 15時間労働なんて言う日もざらにあった。現在のコンビニエンスストアなんかもそれに近いシフトを強いられている店長も多いことだろう。ちょっと前に、24時間営業を短縮営業に切り替えたオーナーが24時間営業にこだわるセブンイレブンともめたなんてニュースがあった。アルバイトが集まらず仕方なく連日十何時間の労働で、休みなしという状況に悲鳴をあげていた。

手術がすべてではない

ベトナムでの活動を始めたころ、ハノイの病院はともかく、地方の病院にはまともに使える手術道具や器材はなかった。ましてや自分がいつも日本で使っている道具はなく、治療に必要な道具すらそろっていない。失敗を二度と繰り返さないためにも、今では必要な手術道具はすべて自ら装備して手術に挑む。初めて行った地方の病院で必要な手術道具がないから手術はできません、とは言わない。ましてや手術の失敗は絶対に犯してはならない。医師はつねに細心の注意を払い、起こり得る事態への準備を怠ってはいけない。心も身体も道具も万全に整えてこそ、いい手術ができる。しかし、医療は手術がすべてではない。診察で患者さんの病気を的確に診断し、不安を和らげる精神的なケアも大切だ。いざ手術が決まれば、ぬかりなく準備を整え本番に挑み、退院後の生活に支障のないような状態にまで回復してから患者さんを送り出す。その一連の流れの中に手術はある。医師は患者さんのその後の人生にまで関わることはできない。だからこそ、退院までの間にできるかぎりのことをしてあげたいと思う。

僕はもし大病を患ったら、そのまま手術とかをせずに、緩和ケアを行なって手術による体力の低下とかを回避したいと常々思っている。できるだけ死ぬ寸前まで、今まで通りの生活を維持したいからだ。簡単な手術で術後も今まで通り生活できるのならそれでも良いが、厳しいリハビリを要するような手術には僕のメンタルでは耐えきれないと思う。

壊れかけた理想

「医者は人を殺して成長していく」医学の世界にはそんな言葉がある。もちろん、どんな世界でも初めは誰もが初心者だ。失敗を繰り返しながら一人前になっていく。しかし中には何度同じ失敗を繰り返しても成長しない医師もいる。多根記念眼科病院での二年間の研修が終わった。白内障と網膜硝子体手術の技術、そして患者さんを大切に思う心を教わった僕は、大学の関連病院に舞い戻った。真野先生のもとを離れる寂しさもあったが、大学という最高学府での医療に理想を持っていた。医師として四年目。まだまだ学ぶべきことは無限にある。その関連病院では、大学病院でベッドがいっぱいな時は手術ができないため、大学病院から患者さんを連れてきてはよく手術を行っていたので、いろいろな先生の手術に助手として立ち会う機会がたくさんあった。中には神業のようなすばらしい手術を見て勉強できることもあったが、その逆もあった。

「医者は人を殺して成長していく」というが初心者に手術で失敗されたら、その患者は不運としか言いようがない。模型などでできるだけの訓練を積んで人体で手術を行なっても大丈夫とGOサインを出したとしても、患者側からすれば納得いかないだろうと思う。

医者という仕事を通じて人は人を助けるようにできているという優しい言葉が綴られている。幸福な仕事とは何か考えさせられる。大切なのは今この時間を実感すること。

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