ノーベル賞級の発明とされる新型遺伝子工学ツール、ゲノム編集は、遺伝子組換え技術より圧倒的に高い効率で遺伝子を改変することを可能にした。生物の設計図である「ゲノム」の中の狙った部分に遺伝子を導入できるだけでなく、特定の遺伝子に突然変異に似た変異を起こすこともできる。さらに、ゲノムの中の複数の遺伝子を同時に改変することも可能だ。今、私たちは、ゲノムを自在に変更する強力な編集ツールを手にしたのだ。
ゲノムから遺伝子、タンパク質まで
ゲノム(genome)は元々gene(遺伝子)+chromosome(染色体)を合わせて作られた言葉で、今日では、ある生物にとって最低限必要な遺伝物質の一式、生物の設計図を意味する。ヒトのゲノムのほとんどは、細胞の中にある核という器官に格納されている。残りのごくわずかなゲノムは、やはり細胞の中の、ミトコンドリアという器官にある。なお植物の場合、細胞の中の葉緑体という器官にもゲノムがある。
核には両親から一式ずつ受け継いだゲノムが2セットある。体細胞の分裂に先立って、核の中では、両親それぞれのゲノムが複製され、計4セットのゲノムとなる。分裂するにあたり両親2セットずつ分配され、その結果、分裂前と同じセット数のゲノムを持つ二倍体の細胞が二つ生じる。一方、卵子や精子は、二倍体の細胞から減数分裂という特別な過程を経て生じた一倍体の細胞、つまり核ゲノムを1セットのみ持つ細胞だ。母親由来の生殖細胞である卵子と、父親由来の生殖細胞である精子がそれぞれ一つずつ受精して、二倍体の精子が生じるわけだ。
ゲノム編集作物と家畜の作り方
従来、農作物の育種は、交配を重ねつつ、突然変異が起きた品種を丹念に見つける方法が主流であった。そうして得られた変異体をさらに交配させていく。日本では、縄文時代にはもっぱら野生の動植物を採取していたが、弥生時代(諸説あるが、紀元前3世紀中頃から紀元後3世紀中頃まで)になると、扱いやすい動植物を栽培・飼育するようになったとされる。しかし最近の学説では、弥生時代以前の少なくとも約3500年前からすでに陸稲の栽培が行われ、縄文晩期には水稲も導入されていたと考えられている。いずれにせよ、交配を通じた農業は数千年に及ぶ歴史的背景があるのだ。
ゲノム編集作物は、はじめに論文等の情報を元に、対象となる作物の変化させたい特徴や性質を持った遺伝子を見定める。生物の特徴は複数の遺伝子で決められることもあるが、たった一つの遺伝子がある特徴を決める場合の方が都合が良い。その遺伝子を改変する。まずパソコンで、ある作物の全ゲノム情報を呼び出し、狙う遺伝子の配列を表示。NHEJでどこに挿入欠失変異(Indel)を入れるか検討。標的遺伝子のDNA鎖を二本とも切断し、変異を入れて遺伝子を破壊する。つまりその遺伝子から機能を持ったタンパク質がつかられないようにするには、遺伝子のエキソン部分を狙うのがいい。エキソンとはタンパク質のアミノ酸配列を指定する部分だ。その上で、エキソンの中でキャス9が切断する部分をどこにするか、さらに検討する。クリスパー・キャス9は、NGG配列の上流側20塩基を標的とする特徴がある。この配列が変異を入れる具体的な標的配列の候補となる。さて、もう少しパソコンで調べ物だ。対象とする植物のゲノムの中で、これと似た配列がないか、調べる。この後対象とする作物の細胞にクリスパー・キャス9を導入。アグロバクテリウムという細菌を使う方法で、植物細胞に感染させる。キャス9を広大な植物ゲノムの中の狙った遺伝子まで連れて行き、標的配列とNGG配列の間で、DNA二本鎖をちょん切るわけだ。その後、DNA切断部分を修復する過程で変異が起こる。
対話による理解の欠如
たくさんの論文や本、新聞、インターネットなどを通じて紹介される、遺伝子組換え作物のリスクをめぐる見解について、どれがおよそ確からしいのか、一般の人々が判断するのは難しい。論文が間違った結果を示していることもあるし、インターネット上の情報でも、バランスよく正確な情報を伝えている場合もある。
「遺伝子」と一言で言っても、どの程度厳格な試験をすべきかは、それがどのような用途で使われるかによって変わってくる。遺伝子組換え作物でも、医薬品としての効能を期待するものであれば、のちに臨床試験が必要だろう。一方用途が食品である場合、想定できるリスクの程度に応じた安全性試験を経て入れば問題ないと考えられる。とはいえ遺伝子組換えを行なった食品には抵抗があるという人たちには、安全性を確保した上で、納得のいくまで質問を受ける双方向の対話が必要なのだろうが、日本ではこれがあまりうまくいっていない。
食卓に上る遺伝子組換えの作物や家畜、さらにはiPS細胞やゲノム編集治療のような最先端医療が人々に届くにはまだまだ説明不足、国民不在、ルール不在といったことがわかる。技術革新の間に時間をかけて説明する姿勢も問われるのではないかと考えさせられる書籍だった。
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