「諦める」という言葉の語源は「明らめる」だという。仏教では、真理や道理を明らかにしてよく見極めるという意味で使われ、むしろポジティブなイメージを持つ言葉だというのだ。漢和辞典で「諦」の字を調べると「思い切る」「断念する」という意味より先に「あきらかにする」「つまびらかにする」という意味が。さらに辞書を引くと「さとり」の意味も。「諦める」ということは決して「終わる」「逃げる」ということではないことが本書を読めばわかるだろう。
抗えない才能の限界
陸上や水泳などのスポーツの場合、結果が数字として明確に突きつけられる。自分の実力を把握するのは容易なことだ。さらに世界ジュニアという大会で世界のトップクラスのアスリートを目の当たりにした。日本一の高校生たちがまったく相手にされず予選落ちしていくのを見て衝撃を受けた。ジュニアといえど、世界レベルになると九秒台に近いタイムで選手たちは走る。この衝撃は大きかった。僕は、このとき初めて「努力しても一〇〇メートルでトップに立つのは無理かもしれない」という感覚を味わった。高校三年生までは「がんばれば夢はかなう」という意識で生きてきた。陸上で最も強いやつらのなかで、絶対に俺が一番になってやるという野望を持っていた。ところが、僕はかつてのライバルや後輩たちに試合で負け、一〇〇メートルで勝てるという自信を持てなくなっていった。
僕は中学校の時の部活でバレーボールをやっていた。背は小さかったがセッターだったので問題なくプレーしていたが、ある時のレギュラーメンバー発表の際、レギュラーから外されることに。理由は背の低さと、練習などに取り組む姿勢などだと理解しているが、その時はそれに納得がいかず、部活をサボるようになっていき、やがて幽霊部員に。その後、チームは全国大会に出場するまでに強くなり、僕はそれを横目で見ることしかできなかった。ベンチでも文句を言わずに練習に取り組んでいれば、経歴に全国大会出場(すぐに負けたが、優勝候補として報じられていたチームだった)という文字が書き込めたのにと今となっては後悔している。
諦める選択という戦略
階級のあるスポーツにおいては、勝ちやすさの追求は戦略の一つとして認められている。ロンドンオリンピックの女子レスリングを思い出してほしい。女子五五キロ級には、国民栄誉賞を受賞した吉田沙保里さんという絶対的な強さを誇るチャンピオンがいる。一つ上の六三キロ級の伊調馨さんも、国内のみならず世界的にも圧倒的な強さを誇っている。しかし、伊調さんが吉田さんと同じ階級で戦っているとき、伊調さんは吉田さんにほとんど勝てなかった。伊調さんが世界の頂点に立ったのは、吉田さんと違う階級に移ってからのことだ。階級を移って成功した選手がもう一人いる。吉田さんの一つ下の四八キロ級で金メダルを獲得した小原日登美さんだ。小原さんは、一度は引退して競技生活から離れていた。現役に復帰するにあたって選択したのは、妹さんの引退した階級を埋める目的もあっただろうが、かつて完敗した吉田さんの階級とは重ならない四八キロ級だった。伊調さんも小原さんも、世界で勝ちたいという目標があった。だから、吉田さんがいる以上勝てる確率が限りなく低い五五キロ級から、別の階級に移るという選択ができたのだと思う。
少し前にテレビに伊調馨選手が出た時も、伊調さんが強すぎて日本代表選考の大会にライバルが二人しかいなかったという伝説的な話をしていた。階級を変えるという選択は、オリンピック金メダルを諦めないための選択、戦略だと考えれば、諦めたということにはならないだろう。自分の活躍できるフィールドを探しそこで頑張る。ダメなら戦う場所を変えて見るのも戦略として有効だ。手段は諦めても、目的さえ諦めなければOKということだ。僕のように、レギュラーから外されたからといって、勝負をする前から努力をすることまで放棄して逃げるのではダメということだろう。
2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏は大学を卒業したのち、整形外科医になるべく研修医として働いていたが、他の研修医が20分で終わらせられるような簡単な手術に2時間もかかっていたという。指導医からは「お前は山中じゃなくて〝じゃまなか〟だ。手術は手伝わなくていい」とまで言われたという。山中氏は早々に研究者への道へシフトチェンジ、その後の活躍はみなさん知っての通りだ。
敗者の方が多い事実はわかっておくべき
「やめなかったからこそできた」こう主張する少数派の言葉に嘘はないが、現実の社会においては、はるかに歯医者の方が多いという事実はわかっておくべきだ。自分がやってきたことを否定するのは難しい。自分が成功しない根拠となるような情報には、触れたくないのが人情だ、しかし、続けることそのものが目的でないのなら、意識してでも自分に対するネガティブな情報を入れなければならない。
あれもこれも手に入れたいという発想は、常に「できていない」「足りていない」という不満となってあらわれる。多様な選択肢を持つことはメリットもあるが、一方、選択肢が多すぎて選べないという弊害も。自分が勝者になれそうな選択を自分なりに探すことが良いというが、そこには敗者が山のようにいることも忘れてはならない。
「夢は叶う」「可能性は無限大」などと綺麗事を言わない著者。続けること、やめないことももちろん重要だが、それ自体が目的になってしまうと、限りある自分の可能性を狭めることにもなってしまうという事実を知れされる。ブログを始めて一年が経過したが、大した成果はあげられていない僕は、続けることを目的とするのか、それとも、費やす時間を他のことに当てるかの選択をしなければならない時が来るのかも知れない。
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