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跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること|東田 直樹

自閉症患者のリアル。会話が思うようにできない彼の紡ぎ出す文章は生きることの本質をとらえた素晴らしいものになっています。

挨拶

僕は、上手に挨拶ができません。言葉をうまく話せないためです。知っている人にさえ、挨拶できないことがあります。挨拶が僕にとって、とても難しいコミュニケーションだからだと思います。人を見かけたら「こんにちは」を言うだけのどこが難しいのか、みんなは不思議に感じるでしょう。僕には、人が見えていないのです。人も風景の一部となって、僕の目に飛び込んでくるからです。山も木も建物も鳥も、全てのものが一斉に、僕に話しかけてくる感じなのです。それら全てを相手にすることは、もちろんできませんから、その時、一番関心のあるものに心を動かされます。引き寄せられるように、僕とそのものとの対話が始まるのです。それは、言葉による会話ではありませんが、存在同士が重なり合うような融合する快感です。挨拶をするために人だけを区別するのは、本当に大変です。相手が誰だかすぐにはわからないことも、挨拶ができない理由のひとつですが、僕にとっては人間が魅力的な存在ではないからでしょう。挨拶は、人間関係の基本だと考えている人がいるかもしれません。しかし、挨拶とは、「好意を持っています」という合図のようなものではないでしょうか。問題はどんなふうに好意を持っているかを伝え合うことなので、それができなければ、挨拶ができてもあまり意味がないことを、話せない人ほどよくわかっています。挨拶をされて嬉しいのは、話せない人ではなく、話せる人のほうかもしれません。話せる人は挨拶をきっかけにして、僕に次の質問を投げかけてきます。そして、答えが返ってこないので、がっかりした顔をするのです。そんな様子に傷つきながら、僕はまた道端の草に心を寄せ、青い空に思いをはせるのです。

コミュニケーションの基本ともいうべき挨拶ができないというのはそれだけで社会不適合者のレッテルを貼られかねない。しかし、これを読んでなお彼に挨拶を押し付けることができるだろうか?僕はできない。確かに挨拶は潤滑油的な意味合いもあるが、特に関係を築き上げるのに重要かというとそうでもない。彼自身、それによる不便を感じることがないのだからそれを穿り返す必要はない。

笑顔

写真を撮る時「笑って」と頼まれますが、僕には難しいです。 「ハイ、チーズ」と言って、カメラのほうを向くことなら、僕もようやくできるようになりました。しかし、自然な笑顔には程遠く、朝起きたての人のように、ぼーっとしているか、歯をむき出し、一生懸命口を広げているかのどちらかです。どうやれば笑顔をつくれるのか、不思議でなりません。楽しかったことを思い浮かべてとか、にっこり笑ってとか言われますが、僕には、まるでわからないのです。表情を自由自在に変えるなんて信じられません。 「鏡を見て練習すれば」と思われるかもしれませんが、鏡を見た僕の目に、まず飛び込んでくるのは瞳です。写真で自分の顔を見る時とは違い、目だけが拡大鏡で大きくしたように見えるのです。すると、瞳の奥に映っている自分の顔が気になります。そこに映っている僕の顔は、小さく映り過ぎていて、誰だかよくわからないために、目を凝らして鏡を見続けます。そして、やっぱり僕なんだと納得すると、それで満足するのです。その時には、何のために鏡を見たのか、すっかり忘れています。顔をよく見るようにと注意されれば、そうだったと思いますが、鏡を見ればまた同じように、瞳の中の自分の顔に見入ってしまうのです。僕にとって鏡の中の世界は、まさに迷宮です。なぜ、そんなところに閉じ込められているのと思ってのぞいていると、瞳の中の僕も、不思議そうにこちらを見ています。鏡の中の僕も、きっと僕を助け出したいのでしょう。僕は鏡を見るたび、閉じ込められている自分が今どうしているのか、探さずにはいられません。鏡の中の僕が、いつか笑顔で見つめ返してくれることを、僕は夢見ています。

いつも笑顔に越したことはないのだろうが、僕も笑顔が苦手。「面白くもないのに笑えるか」と言わんばかりに笑顔を作るのが苦手。自分自身が楽しんで笑顔になることはあっても、「はい!ここで笑顔」といった具合に挨拶の時やなんかに笑顔をかますことができない。何度か鏡の前で口角を上げる特訓をしたのだが、どうもこれが引きつっていて逆に怖い。

人生

人生とは、長い旅のようだという人がいますが、旅というよりは、ひとつの物語だという気がします。僕が作家だから、そんなふうに感じるのかもしれません。どの物語にも、必ず終わりがあります。それが悲劇で終わるのか、それとも幸せな結末を迎えるのかは、作者以外誰にもわかりません。物語のラストをつくるために、作者はさまざまな伏線を用意します。いわゆる山あり谷ありの状況を設定するわけです。ドラマチックなストーリーにしなければ、読者は感動してくれないからです。そして、起こったできごとは、主人公にとって、全て必要だったと結論づけます。いわば、そう思ってもらえるように、読者は作者に誘導されているわけです。忘れてはいけないのが、実際の人生に、作者はいないということです。僕は、人生にはたくさんの無駄があると感じています。でも、それは仕方のないことではないでしょうか。無駄なことさえ意味がある、という考え方が存在するのも知っていますが、僕自身は、起こったできごと全部を肯定的にとらえることはできません。しなくてもいい苦労や、やらなければ良かったと思うような後悔は、誰にでもあるはずです。それを自分の中で、きちんと整理できる人間になるのが目標です。僕の場合、そうすることで、自分が本当にやりたいこと、しなければいけないことが見えてくるからです。僕は昔、自分は世の中に不必要な人間だとか、みんなのような明るい未来は訪れないと、人生に絶望していました。嫌な思い出は、たびたびフラッシュバックとなり、僕を悩ませました。つらかった記憶を切り捨てなければ、僕は立ち直るため、前向きに生きていけなかったでしょう。

僕は幸いにも嫌なことはすぐ忘れて、良い思い出だけ思い出す傾向がある。そして、嫌な思い出も僕のフィルターにかかるとその中でもよかった部分を見つけ出し、よい思い出に変化させて記憶に定着させることができる。

自閉症という障害があっても自分の魅力を十分に表現できる彼の生き方に共感。可哀想とか思わずにこうした人たちと接することが大事。みんな違って、それでいい。

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