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神社に行っても神様に守られない人、行かなくても守られる人。

僕は無神論者だが、お寺や神社などのパワースポットを巡る人の気持ちが知りたくてこの本を手にとった。神様がいるとしたらそれはあなた自身の意識の中にいるのだろう。もちろん信仰心あってのことだが。

暮らしの中で神様とのつながり方

帰宅したとき、「あー、疲れた」とばかり、パパッと靴を脱いだまま、家の中に入ってはいませんか? 靴は常にあなたの足下にあり、あなたを支えてくれているものです。 決して粗末に扱ったり、汚いままにはしておかないでください。 若いとき、日頃から憧れている素晴らしい先輩と食事に行きました。 その先輩は履いている革靴の紐をゆっくりとほどき脱がれると、玄関の端にきちんと揃えて、店に上がっていかれました。 帰るときも同様で、紐の左右が均等になるよう丁寧に結び、履かれていました。 美しい光景でした。 こういう人を「本物の日本人」というのだと思いました。 それ以来、同じように実践している私です。 物の扱いもそうですが、靴は特に、見るだけでその人の人柄がわかると言われます。 上場企業の社長には、相手の靴を見て、「汚い相手とは取引をしない」という人もいます。 靴も服同様、高級である必要はありません。 きちんと手入れをしているか、大切にしているかどうかが問題なのです。 家に帰って、靴を脱いだら、まずはきちんと揃えましょう。 なぜ、靴を揃えるといいのか? そこには「立ち止まる」「振り返る」「靴を揃える」という三挙動が生まれるからです。 靴を脱ぎ、玄関を上がり、いったん立ち止まって振り返る。 そして、靴を揃えるために、頭を下げる。 そこに、神社で自分を鏡に映す行為と同じ、「自分を鑑みる」という動作が無意識に発生しているのです。 靴を揃えるということは、自分の心を整えることと同じこと。 そして、「今日もきちんと靴を揃えた」という小さいながらも、ひとつの成功体験をすることで、靴を揃えられた自分への自信にもつながります。

僕は靴が好きなので、革靴を履いた日は帰ってきてブラッシングするのが日課になっている。この一手間で何年もそのお気に入りの靴を履き続けられるのだからコストパフォーマンスの高いルーティーンといえよう。靴を脱いだ時にもその人の習慣が浮き彫りになるので、様々なシーンで靴を脱ぐ行為は見られていると思った方が良い。そのたった一つの行動で、評価を落とすことにならないよう気をつけるべきだ。

神社との正しい付き合い方

縄文時代は特に、自分たちの 生殺与奪 のすべてを握っているのが自然でした。自然とは恵みを与えてくれるものであり、また命を奪うものでもありました。日照り、大雨、噴火、地震、津波……、世界の中でもこれだけ多くの災害に見舞われる国はありません。 人は自然(神様)の猛威を恐れ、また感謝もし、手を合わせてきたのです。 東日本大震災のとき、津波で家族も家もすべてを失った漁師さんたちが「それでも恵みを与えてくれるのはこの海なんだ。海を憎む気にはなれない」と、また漁に出て行く姿をニュースなどで見た方も多いと思います。その姿は縄文から変わらない、私たち日本人の姿です。 大きな台風は実りを間近に控えた米や農作物を台無しにし、水害など人命をも奪う大きな被害をもたらします。 けれども、その翌年は作物に虫がつかない。 逆に、台風がそれほど来なかった年には、葉っぱがなくなるほど虫が発生するともいわれています。 すべては大いなる自然(神様)の采配。 その神様の思いに応えるように生きることで、日本人は神様に思いを届けようとしてきました。 伊勢神宮では年間、一五〇〇回を超える数の祭祀が行なわれています。 それは朝、御神水を汲みに行くことから始まり、神宮にお祀りされている神様方への食事の準備をし、朝に夕にお供えすること。 お供えする 神饌(神様の召し上がるもの)である米、野菜、果物、塩にいたるまで、すべて自分たちで作るため、お田植えなどが重要な神事となっています。 神様に奉納する麻や絹を織ることも神事です。 おわかりでしょうか。

古くから行われている神事の数々。こうした行為でお参りすることは文化として残していくと良いだろう。僕はお祭りなど人が大勢いるところに出向くのは嫌いなのでまず参加しませんが。

恋の終わりに傷心

あるとき、三十代の女性がひとりで参拝にいらっしゃいました。 どこか思いつめた様子で長らく佇んでいるのが気になり、声をかけてみると、「一生そばにいる」と心に決めていた人との恋が終わったとのことでした。 そのとき、仕事もうまくいっておらず、「もう生きていくのがつらい」と、ポロポロと涙をこぼされました。「それはおつらいですね。でも、あなたのそばにいる神様やご先祖様はあなたにとってマイナスなことはしないのですよ。別れることになったのは、その男性が神様方のお眼鏡に適わなかったからです。あなたにはふさわしくない、必要ではないと感じられたからですよ」 私はそう言いました。慰めではありません。心からそう思っているのです。 失恋など、つらい目にあったとき、人は「なぜ私だけ」とその不幸を恨みます。 けれども、それは「失恋ってこういう苦しみのことなんだ」と学ばせてもらった、貴重な経験をさせてもらったともいえるのです。 つらい失恋を一度でも経験すれば、次に好きになる人をより深く大切に思えます。 もっと細やかに愛せます。 「そのための素晴らしい経験をあなたは今、させてもらっているんですよ。今、死んでしまったら悲しみの中で人生終わってしまうけれど、踏み留まって、四十歳、五十歳になったら、きっと『ああ、あのとき死ななくてよかった』『あの経験があったから、今の幸せを手に入れられた』と必ず思います」 そうお話ししたところ、少し心が落ち着いたようでした。

お参りは心を落ち着ける効果も見込めるので傷心の際には有効なのかもしれませんね。新たな未来に向けて思いを馳せながら参拝すればパワーをもらえることだろう。

神社に対する見方が変わる面白い書籍。神様は神社に行かなくともそこにあるので、特に参拝しなくても大丈夫。神社に行かなくとも守られる人というのはそういうことなのかも。

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