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光と影の誘惑|貫井 徳郎

現金輸送車を襲撃し一億円を手に入れろ!銀行マンの西村は、ギャンブルを通じて知り合った男と意気投合し犯罪によって大金を手にするべく画策。全てがうまくいくかのように見えたが‥‥。表題作のほか児童誘拐事件、密室殺人、家族の秘密を描いた珠玉の中編ミステリ4編を収録。

長く孤独な誘拐

「なんだって!」  指示の意味がわからず、思わず森脇は怒鳴り返した。ダックスボイスはその驚きが面白かったのか、声を殺してクックッと笑った。 「ソンナニ驚カナイデクレヨ。大シタコトジャナイ」 「何を言ってるんだ、貴様。頭がおかしいのか」  森脇は本気で相手の正気を疑った。自分が応対している相手は、ただの狂人ではないだろうか? 「頭ハ至ッテ正常ダ。オ蔭様デネ」対照的にダックスボイスは冷静だった。森脇は軽く息を呑んで、気を鎮めた。 「もう一度言ってくれ。要求は何だ」 「オ前ハコチラノ指示ニ従ッテ、アル夫婦ノ子供ヲ誘拐スルンダ。ソレガウマクイッタラ、オ前ノ息子ハ返シテヤル」 「どういうことだ。なんのためにおれがそんなことをしなくちゃいけない」 「オ前ハ質問デキル立場ジャナイ。現状ヲヨク認識シロ」相手は 小面憎いほど落ち着き払っていた。森脇はその無機質な声に、いいように 翻弄 されていた。 「イイカ。コレカラ狙ウ相手ノ でーた ヲ教エル。 めも デモ取リナがら聞け――」  突然、相手の声の調子が変調した。金属質の合成音めいた声が、急に低音を取り戻した。 「また電話する」相手は短く言って、一方的に通話を終えた。電話を切られる 間際 に聞こえた声は、確かに男のものだった。相手は男だ。どうやらそれだけは確かなようだった。ダックスボイスの効き目がなくなったのを嫌って、いったん電話を切ったのだ。

誘拐をするための誘拐。自分自身が手を下さずに誘拐を実行すると見せかけて最後に衝撃の事実が。もしあなたは自分の子供を誘拐されて、子供を返してもらうために他の子の誘拐に手を染めるだろうか?誘拐犯お決まりの警察に連絡するなという要求を飲むだろうか?身代金目的の誘拐ならば交渉材料である誘拐した子を殺してしまうことはないだろうが、どこまで犯人が計算できるかは未知数。長く孤独な誘拐が描写されています。

光と影の誘惑

「おれもあんたの顔はよく見てますよ。その様子じゃ、今日も駄目だったみたいだね」 「そういうお宅こそ」  西村は男と顔を見合わせ、苦い笑みを浮かべた。競馬の後の、こうした同病相憐れむ会話も、西村は嫌いではなかった。 「いつも見てると、あまり大勝ちをしてるようじゃないですね」男は年下の西村にも、丁寧な言葉遣いを崩さなかった。酒を入れたとたんに無礼講になるのが普通と考えている人間が多い中、男の口調は異彩を放っていた。偉そうな親父は会社だけでたくさんだと思っている西村には、男の物腰は好ましいものだった。 「何を言ってんですか。大勝ちしたときこそ、 嬉しさをじっと腹に溜めるんじゃないですか」 「なるほど。違いない」  男は楽しげな笑みを頬に刻み、ふたたび焼き鳥を勧めてきた。西村はまた肉片を口に放り込みながら、「ちょっと待っててください」と断って、隣の店に行った。適当に乾きものを 見繕い、それを抱えて男のところに戻る。広げて勧めると、男は嬉しそうに手を伸ばした。

競馬場でよく見る相手と飲み屋で意気投合して現金輸送車の襲撃を画策する主人公。内部の人間による犯行を疑われることもなく程なくして一億円を手に入れるが、相棒が1万円を使ってしまい足がつきそうに。ラストまで気が抜けない展開。

我が母の教えたまいし歌

「母さんは、初音は死んだと僕に言ったよね。交通事故で死んだと。でも布川さんも山際さんも、初音が死んでいたなんてぜんぜん知らなかったんだ。ふたりとも僕から聞かされてびっくりしていた」 「でしょうね」  母はまたお茶を啜る。少しだけ。 「戸籍でも初音は死んでないことになっている。でも実際には、初音は母さんたちが東京から引っ越してきた頃を境に姿を消している。じゃあ初音は、いったいどこに行っちゃったんだ」 「皓ちゃんはどう思うの?」  あくまで母は落ち着いていた。僕は自分が間違っているんじゃないだろうかと一瞬考えた。間違っていて欲しいとも願った。 「いったんは、初音は死んでいるんじゃないかと考えた。死んでいるのに、死亡届が出されていないんじゃないかと思った。つまり初音は、母さんと父さんによって 闇 に葬られたんだと思ったんだ」 「私とお父さんが、初音を殺したって言うの?」 「一度はそう考えたってことだよ。でも布川さんや山際さんの話を聞いて、母さんたちが初音を殺す理由なんてないことがわかった。特に父さんは、初音を実の娘以上にかわいがっていたんだからね」 「じゃあ初音はどこに行ったのかしら」 他人事 のように母は言う。母にとって、すべては遠い過去なのだろう。もはや現実感すら伴わないに違いない。 「僕は突拍子もないことを考えた。 殺されたのは初音ではなく、 母さんだったんじゃないかって」

死んだ人間と入れ替わって生きているというミステリでは定番の展開を迎える最後。なのに読んでいる時はみじんもそんな疑いを持たずに騙された。

中編のミステリが4編。時間を取れない人にもお勧めなミステリとなっている。

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