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天然ブスと人工美人どちらを選びますか?美の格差社会を生き抜く

      2018/10/18

見た目重視の「美の格差社会」をどう生きるか? 美人、ブス、フェチの分析、美容整形の取材、自らの「出会い系」体験から、「外見オンチ」(=美しくない人)への処方箋を示す。

美の格差社会

ミス・ユニバースは容貌だけではなく、立ち振るまい、コミュニケーション能力、考え方なども審査され、一カ月間徹底的に観察されるという。しかし、当然のことながら、その審査では癒し系(=ほんわか、やんわり、ゆったり、安らぎ、 和みを感じさせてくれそうな人たちのこと)かどうかは関係ない。そうか……。森さんは、男と互して働く女のイメージだ。対照的に、知花さんの顔は、和み系である。知花さんは日本テレビ『NEWS ZERO』で沖縄をレポートしたとき、涙をぽろりと流していた。もちろんごく自然に。こういうのに男は弱いだろうなと思った。世界の頂点に立った美女の森さんは、自立した「ぱきぱき組」の女性だ。だから、日本ではウケが悪かった。「美のヒエラルキー」上位組のかっこいい女性というだけでは、憧れの存在だとはいえないことがこのケースでわかった。

容姿による差別をどう考えるか?この間NHKでマイケル・サンデルの白熱教室2018で同じようなテーマで議論していた。ショップ店員に美人やイケメンを採用するのに賛成か反対かといったものだ。僕の場合は、容姿に優れた彼らから商品を買うと思いもよらない失敗をすることを経験済み。モデルのような体型の彼らが着ていて様になるものも、短足な僕が履くとそれはもう残念な格好になってしまう。最近ではぽっちゃり専門のファッション誌が発行されたりして、そういう悩みに寄り添う会社が出てきているものの、基本的には、「お前らこの服を着こなせるような体型になるよう努力しろよ!」と言われているような気がする。とにかくカッコよかったり美人だったり、スタイル抜群だったりする人は何を着ても様になる。ということで最近またダイエットを開始しました。ZOZO SUITで全身採寸してからTシャツとジーンズを注文したのだが、採寸してから2kg痩せたので、ウエスト周りがぴったりでなくなるという嬉しい誤算も。やはりスタイルは良い方が色々と有利だと感じた。

美のヒエラルキー

「美のヒエラルキー」の上位は天然美人だが、後から目指せるものではない。だから、生まれ持った顔を変えて、人工美人の道を選ぶ人も出てくる。知人のエディトリアルデザイナーは「ほくろなんて簡単、簡単。すぐとれる」と、わたしと同年代の女性タレントの顔画像から、ほくろやシワなどをとっていた。これを「レスポンス」という。ごく普通に、ごく自然にやっていることらしい。ダイエットのビフォアー、アフターも画像で自在に操れる。「うちでは、通常はないにきびだけはとりますね」と、あるテレビ番組で広告会社の人がいっていたから、ほかではかなりのレスポンスをやっているようだ。 化粧品などの広告に出ている女優やタレントの顔をテレビ番組でじっと見たとき、ギャップを感じることがある。ある有名化粧品のCMに起用された女優がトーク番組に出たとき、首のシワがとても気になった。照明をあてているから、実際に間近で見るともっとシワが目立つだろう。肌のハリも、ポスターやCMとぜんぜん違った。広告の世界は、コマーシャリズムであって、ジャーナリズムではないから、顔の〝偽装〟もごく普通に行われている。加工、補正、修正、変造、偽造によって、ホンモノとぜんぜん違う「商品」が世に出されている。

アイドルや女優が出ている化粧品の宣伝、とくに年齢化粧品の宣伝は加工、補正があからさまだ。化粧品のCMではなかった肌荒れなどがトーク番組などに出た時に露見する。するとネットなどで〇〇ちゃん肌荒れが気になるなどとつぶやかれてしまう。ダイエットのビフォアー、アフター画像もビフォーの時は腹に空気を溜めて、アフターの時はしっかり引き締めて凹ませるだけである程度の違いは生み出せるので真に受けてはダメ。

顔とからだにメスーー美容整形

人はそれぞれ、いろんな「喪失」を持っている。それは、顔、容貌だけが原因というわけではないが、「外見オンチ」のトラウマ、コンプレックスは、人工美人になったからといって、すぐに解決できるものではない。自分の内面、生き方という精神的価値観を見つめた上での選択でない限り、いくら人工美人になっても、新たに芽吹く「喪失」を受け止められない。ある悩みから解放されたとしても、また別の悩みに 囚われて暮らすことになることもある。美容整形を提案してくれた彼は、〝他力〟ではなく、〝自力〟で暮らしていくことをわたしに気づかせてくれた人でもある。こう考えられるようになったのも、精神的価値観だけではなく、物質的価値観からも物事を見られるようになったからだ。

美の格差がある世の中である以上、美容整形は一種の手段である。容姿によって失われるものが多い場合、解決策の一つとして美容整形を考えるのは自然な流れだろう。最近ではプチ整形を行う人々も増えているという。しかし、日本の世の中はまだまだ整形に対して反応は冷たい。やはり天然美人がヒエラルキーの頂点なのだ。

容姿による格差をどう考えるか。どうしても異性を見る場合、容姿は捨てられない要素となってしまう。女性が男性に経済力を求めるのと同じである。男性が収入面で劣等感にさいなまれるのと、女性が容姿で劣等感を感じるのは似ていると思う。美の格差社会で生き抜くには人工美人もありかなと思える書籍です。

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