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興味のあることや本の感想などを綴っていく雑記Blogです。

がんばらない練習|pha

      2019/09/25

社交が苦手。やる気が湧かない。決めるのが怖い。やりたくないことは、やらない。京大卒・元ニートが実践する自分らしく生きる方法。

話しかけてくる奴は全部敵

そういえばおとといも、秋葉原の駅前で用もなく座ってぼんやりと行き交う人々を眺めていたら、 「すみません、今お仕事中ですか?」と若い女性が話しかけてきた。仕事中に見えるかこの格好が?と思いつつ、 「はい」  と答えたら、 「あ……すみません……そんな風には見えなかったので……」 と謝りながら去っていった。 街頭アンケート、絵画の販売、キャバクラのキャッチ、不動産の営業電話、宗教の訪問勧誘など、いきなり話しかけてくる人を無表情で断るのは得意だ。なぜならそういう奴は全員敵だと思っているからだ。こちらにとって何のメリットもないにもかかわらず、こちらの時間と会話エネルギーを強制的に奪い取っていく。そうした行為は全て攻撃と見なすし、敵以外の何者でもない。電話だったら相手が話している途中でもいきなり切るし、玄関に訪問してきた場合は即座にドアを閉めてしまう。だけど、そんな風に冷たく遮断したあとで、自分はひょっとして冷たすぎるのかもしれない、と思ったりもする。多分、世の中の多くの人は、断るとしてももうちょっとソフトに断るんじゃないだろうか。僕みたいにちょっと会話しただけで「会話エネルギーを奪われた」とか「敵だ」とか思わないんじゃないか。世の中の人みんなが僕みたいな冷酷な対応をするなら、街頭で声をかけるなんていう勧誘方法はとっくに滅んでいるような気がする。

何を隠そう僕は秋葉原で絵画の販売にひかかったことがある。確かイレーヌ・メイヤーのものだったと思うが70数万円で買わされた。僕自身いい買い物をしたと意気揚々と家に帰ってそのことを家族に伝えたら、そんなのに引っかかってとすぐにクーリング・オフを提案された。我に返った僕はすぐ解約。無駄なものにローンを払い続ける未来を間一髪で回避できた。クーリング・オフはあっけなく簡単に一本の電話だけで完了。法的に有効な措置を取ってくる相手には深追いしないのがこの商法の特徴なのだろう。それ以来ローンでしか手の届かない商品は自分の身には不釣り合いなものとして買わないようになった。いい教訓を得られたのだ。

荷物を減らせない

自分では特に大したものを何も入れていないつもりなのに、いつの間にか荷物が多くなってしまう。それは僕が考え過ぎで優柔不断のせいだ。外出をするときに、あれも要るかも、これも要るかも、などと考え出すと、どんどん持ち運ぶものが増えてくるのだ。退屈なときに暇を潰せるように文庫本を一冊くらい持っていこう。あ、この本がいまいち気分に合わない可能性もあるから、念のためもう一冊持っていこう。時間を無駄に過ごさず情報をインプットするためにはこういうのが大事なんだ。急に頭の中で何かを思いついて考えをまとめたくなるかもしれないから、ノートとペンとふせんも要るな。あとスマホの充電が切れたらすごく不安に襲われるから、充電器と予備のバッテリーも必須だ。これは現代人の生命線だろう。ノートパソコンもあったほうがいいかな……。多分使わないだろうけどあると安心するんだよな。急に長文書きたくなったりすることあるし。電車の中で気分を落ち着けるためにペットボトルの水とガムを持っていこう。小腹が空いてしまったときのために軽いお菓子もあると心強い。冬はカイロも常備しておきたい。できれば三個くらい。カイロ、コンビニで買うとちょっと高いんだよな。ひょっとしたらどこかで突然ちょっと仮眠したくなるかもしれないから、アイマスクと耳栓を持っていると安心感がある。たまに、いきなりサウナに行って仮眠室でごろごろしたくなるときがあるしなあ。お気に入りのアイマスクはあまりそのへんで売ってないし。あと、胃もたれしたときとか気分が悪くなったときとか風邪気味になったときのために薬も何種類か常備しておかなくちゃ。気温の変化に対応できるように折りたためる上着も入れておくか。……というような感じだ。

僕自身はいつも身軽で出かけるほうだが、妹はいつもキャリーバッグに加えてトートバッグなどを持って移動しているので、なんとなく荷物が多くなってしまう人の気持ちはわかる。人に迷惑をかけるわけでもないので好きにすればいいと思う。

自分のことしか書けない

ブログだと、何を書いても「これは個人が趣味でやっているものだから細かいこと言うなよ」という言い訳ができる。世界中の誰でも見ることができる場所に文章を公開しておきながら、「これは別に見せるために書いてるわけじゃない」というフリができる。ひたすらうっとうしい自分語りを繰り返しても、「ここはお前の日記帳じゃない、チラシの裏にでも書いてろ」と注意されることがない場所、それがブログだ。僕もそんな風に、本当は人に読んでほしいのに、これはあくまで自分用の日記だし、誰にも見られなくてもいいし、自分が十年後に読み返して楽しむために書いてるんだし、とかうそぶきながら文章を書いて公開していたので(卑怯)、それがだんだん多くの人に読まれるようになって、依頼を受けて文章を書くようになった今でもそのスタイルが抜けないのかもしれない。僕の文章のスタート地点がブログではなく、ライターの仕事などで最初から人に見せることを目指して書き始めていたら、もっと他人の目線や評価を気にしたきっちりとした文章を書く人間になっていたのではないだろうか。

僕もブログ畑の人間なので、基本自分語りがメイン。得意なことで発信できるのがブログやSNSの利点かと。

やりたくないことはやらない。それに徹して生きていくことは不自由もあるが金銭的に安定を得られれば過ごしやすい環境になるかと思います。がんばらない生き方を提示してくれる著者の生き方は、多様性が叫ばれる中一つの答えとして世の中に認識されているようだ。

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