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芸術的創造は脳のどこから産まれるか?|大黒 達也|脳科学や人工知能に関する論文を通して芸術的創造性を探求

脳科学やAIの普及と発展とともに創造性の問題を科学的に理論付けしようとする動きが増えている。そこで脳の潜在記憶の視点から人間の創造性がどのように生まれてくるのか脳科学や計算論、AIに関する論文を通して探求する。

睡眠と創造性

起きている時に何らかの問題に精一杯取り組んでもわからなかったことが、一度睡眠をとった次の日の朝に突然答えが降ってくるといった経験はないでしょうか。また、一日中楽器演奏の練習をしても上手く弾けなくて、疲れて睡眠をとった次の日に、突然上手に弾けるようになったということもあります。

実は睡眠は、このように創造的な手法や答えを見つけるための重要な時間といえます。実際は睡眠だけでなく脳を休息させるだけでも十分な効果が得られるのですが、いわゆる睡眠中に行われる「情報の選別タイム」を作ってあげることが大切です。ではなぜ、情報の選別を行うと創造的な手法や答えが生まれるのでしょうか? この問いはホットなテーマの一つで様々な仮説がありますが、ここでは、潜在記憶に関わる仮説の一つを紹介したいと思います 29。

覚醒時に受けた沢山の情報から、思考を繰り返しながら一時的な知識としての確率分布が作成されます(図 20 a)。この時点では、受けた情報は、たとえ遷移確率が100%であっても、全てそれぞれ一つの情報として処理されています。そして、情報の選別タイムに入ると沢山ある短期記憶情報から重要な情報(エントロピーの低い確かな情報)だけをピックアップします。そうして、重要な情報の塊は一つの情報としてチャンク(図 20 b  chunk)されます。こうして一つに圧縮された情報は、低情報量で長期記憶貯蔵庫へ送り出すことができるのですが、この時点で、本来別々の情報だったものが(図 20 a ABC)チャンクによって一つの情報としてみなされるので(ABC)、全体の情報量も減り、情報全体の確率分布も変化します。

つまり、この処理により、最初の思考段階では、脳のメモリー容量いっぱいまで使って、全ての情報を処理していたものが(図 20 a)、チャンク(情報の圧縮)によってメモリーに余裕ができ、新しい情報を取り入れたり、さらに深い思考ができるようになります。また、新しい情報をこれまでの記憶情報と組み合わせることも可能になり(図20c)、確率分布自体も最初のものと比べてどんどん変化していくので、これまでになかったような新しい発想(情報)も生まれてくるのです。

図20だけですとわかりづらいと思うので、わかりやすい例を説明します。例えばピアノを弾けないヒトからしてみると、なぜピアニストは超絶技巧のような速い演奏ができるのか不思議でしょう。しかし、ピアニストは練習を繰り返していくことで沢山の音符からなるフレーズを一つの情報として圧縮(チャンク)していき、圧縮される前までは「ド、レ、ミ……」などとフレーズ内の音を一つ一つ処理していかなければならなかったものが、圧縮された後では一回の思考処理だけでフレーズを演奏できるようになります。こうして、脳のメモリースペースが開くことで情報処理速度も上がり、超絶技巧のように、膨大な情報処理を瞬間的に行わなければいけないような演奏も可能になるのです。

また、チャンクされた情報は意味記憶とみなされます。メロディでいう短いフレーズのようなものです。そして、これらの様々な意味記憶を自由に組み合わせることで自分だけのエピソード(ストーリー)記憶を創造することもできます35、36。会話でいうところの、様々な単語(意味記憶)を組み合わせて、自分の気持ちを文章(エピソード)にするようなものです。このように、特に睡眠中に行われる、情報選別、記憶の定着、情報の圧縮(チャンク)などを通して創造的な思考が高まるのだと考えられます37、38、39。

寝ずに考えた答えの出ない問題も、よく睡眠をとって次の日の朝急にひらめくなんてことを経験した人は多いはず。覚醒時に拾ったたくさんの情報を寝てる間に整理したからと考えるとわかりやすい。これは蓄積された情報を圧縮して脳内に的確に整理しているのだという。睡眠中に行われる情報選別、記憶の定着、情報の圧縮で創造性は加速する。

近未来的音楽

我々は、バッハなどのバロック音楽から始まり、ロマン派を経由しながら現代音楽など、時代によって様々な作曲法を開発し、それによって流行する曲というのも変わってきました。「音楽性」に関する普遍的な法則はあると思います。しかし少なくとも、その時代ごとに流行しやすい曲というものがあり、これはその時代に生きる人間の耳に心地よい音楽ともいえます。斬新すぎると、もはや音楽として認知することはできないので、マジョリティが「心地よい!」と感じた音楽はおそらく、その時代の音楽の普遍的・最適な潜在記憶モデルを反映しているといえるでしょう。

ということは、時代ごとに音楽の潜在記憶モデルを作成し、それを時系列で並べてどのように変遷していったかを明らかにすれば、近未来に我々はどのような音楽を作るべきなのかを推測することができます。これにより、我々の脳にある程度心地よく、かつ新しい音楽、いわば脳の内発的報酬(喜びや驚き)が最大限に得られるような不確実性と確実性のゆらぎがある「近未来的音楽」がみえてくるのではないでしょうか?

先日、僕の妹が自分の考えた歌詞に生成AIでメロディがつけられるサービスを使って曲を聴かせにきた。どこかLDH風なその曲は量産型な気がしてならなかったが生成AIには今のところそれが限界なのだと思う。King Gnuが白日をリリースした時のような衝撃はなかなかAIでは再現できないのだろう。新しいものを想像する人間の脳のメカニズムがわかれば、今後AIにもそうした期待が持たれるようにはなるだろうが、クリエーターの権利や地位の関係から導入には慎重にならなければならないかと。まあ電子書籍が一般化されて普及するまでも一悶着あったのでいずれ社会に馴染むのだろうが。

芸術的創造性は脳のどのような働きから生まれるものかを考える書籍。これが解明されればさまざまなことがAIなどに学習され人間の脳がコピーされるなんてことも起こりうる。そこまでしていいものかどうかは課題だが、研究としては面白いし人間の探究心をくすぐる内容だ。

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