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生命はデジタルでできている 情報から見た新しい生命像|田口善弘|生物学の分野で静かな革命が進行しつつある

革命が進行しつつある生物学の分野では今、ゲノム科学がトレンドとなっている。ゲノム科学に関する新たな知見がネット上で流れない日はないくらいの勢いなのである。今までの常識を覆すような「生命」のそれを覗いてみませんか?

薬とは何か?

世間には薬というものが存在する。病気になると飲んだり注射したりするあれだ。薬は、体内に取り込まれることで生命体の( マクロな)状態を変化させる物質だと定義することができる。その意味では毒も薬である。毒薬、という名前は伊達ではない。主観的な意味で改善すればその物質は薬だし、悪化すれば毒薬だ。その間に明確な区別はない。実際、薬の副作用というものは、本来は薬(=改善を促すもの) のはずが毒(=悪化を引き起こすもの) になってしまうことの実例に他ならない。

薬がありふれているので、薬が存在すること自体、当たり前になっているが、冷静に考えれば人間みたいな複雑な生命体の状態が、たった一種類の化合物を投与するだけで変わってしまうというのは結構、驚きなのではないか。なぜ、そんなことが可能なのか?

薬というのは決して、近代になって出現したものではない。たとえば漢方薬というのは、中国文明が長い間の経験則に基づいて見つけた、治療に用いることができる天然の化学物質の集合体である。経験則、というと怪しげな感じがするが、その点では西洋医学も五十歩百歩で、その作用機序がわかったのはごく最近の話だ。薬、というか、化合物が人間の状態を変化させるときに最も頻繁に標的とするのは実はこのタンパクが持っている相互作用=クーロン力で他のものとくっつく、という力なのだ。タンパクがクーロン力で何かの化合物にくっつくというのは特別なことではなく、体の中で普通に起きていることであり、薬はその仕組みをうまく援用しているにすぎない。

そのような例をあげよう。人間の血液の中にはヘモグロビンというタンパクが含まれている。

このタンパクの機能は、肺で酸素を取り込み、体中の細胞に届けることだ。そのために、ヘモグロビンもクーロン力を利用している。ヘモグロビンがくっつく相手は、酸素分子である。そして、ご多分にもれず「弱い結合」のパワーをフルに活用している。相対的に酸素が多い肺で酸素分子を取り込み、比較的に酸素が不足している体細胞で酸素を放出する。こういう器用なことができるためには酸素分子とヘモグロビンの結合が「そこそこ強い」程度でないといけない。そうじゃないと、肺で酸素を拾ったが最後、細胞に行き着いても「手放せない」からだ。周囲が高酸素濃度なら、酸素を取り込み、低酸素濃度なら放出する、という機能を果たせない。その意味では、ヘモグロビンタンパクもまた、タンパクのクーロン力でくっつく力の応用例にすぎない。

僕は今まで病院に行くのが嫌いで風邪をひいても市販の風邪薬で対応するなどしていたが、やはり病院で診断してもらった方が安心だと最近になって考えを改めた。病院に赴くちょっと億劫な行動が回復を助けてくれる。無駄に症状に合わない市販薬を飲み続けるよりコスパが高いのが処方された薬。自己判断で購入した薬で見当違いのものを服薬してしまうとそれは毒薬になりかねないなんてことも起こりうる。

エピジェネティクス

エピジェネティクスは新しい概念だ。この言葉自体は一九四二年にウォディントンによって提起されているが、使い方がまったく異なるので本稿ではそれは考慮していない。ジャンクDNAの有効性の発見や、たくさんの タンパクにならない RNAの認識があったとはいえ、ゲノム、 RNAのすべて、 タンパクのすべて の三レイヤーはヒトゲノムプロジェクト以前からあった古い概念だ。 代謝物のすべて に至ってはもはやただの物質にすぎず、生命体から取り出してもそのまま存在できる。

それに比べるとエピジェネティクスは、ヒトゲノムプロジェクト完遂以降でなくては成り立ちようがない概念だ。なぜなら、エピジェネティクスはゲノムの状態に対する記述だからだ。全ゲノムの配列が記録されていなくてはそもそも成立しようがない。

エピジェネティクスとは、ごくざっくり言えばゲノムの「修飾」である。「修飾」とは、大きな分子に小さな分子を結合させて微妙に構造を変える化学反応を表現する ジャーゴン である。チューリングマシンとしてのゲノム、デジタル情報処理系としてのゲノムである DIGIOME の観点から言えば、エピジェネティクスはデジタル情報の一時的な書き換えということになる。ゲノムを恒久的に書き換えてしまった場合、その影響はその細胞から分裂した 娘細胞すべてに及んでしまう。あとからそれを正そうとしても難しい。

ヒトの細胞寿命は意外に短く、骨や血液のような特殊なものを除けば、早いものでは一ヵ月、遅いものでも一年で全部入れ替わってしまう。この状況でゲノム自身を書き換えてしまうのは、生命現象を維持するのに必要不可欠な遺伝子が機能しなくなるかもしれず、あまりにも危険である。全細胞が入れ替わったあとで「やっぱり変更前のゲノムがいいよね」となっても戻しようがないからだ。DIGIOMEの一時的な書き換え=修飾であるエピジェネティクスが進化してきたのはシステム論的にも頷けるところだ。

エピジェネティクスで最も研究が進んでいるのはメチル化である。メタン(CH4)は炭素一個、水素四個からなる、最も小さな分子の一つで、小さいから自分より大きな分子のどんな部分にも結合できる。結合するときに水素が一個外れるので、何かと結合してメチル基になると炭素一個と水素三個になる。一方でメタン自身は非常に安定した分子であり、放っておいても(=他の分子と共存させるだけで)勝手に結合したりはしないが、いったん結合してメチル基になるとそのまま結合が維持されるので、メチル基を他の分子に結合させる修飾=メチル化は制御が比較的容易な修飾であり、それゆえにユビキタス(いつでもどこでも普遍的)に存在しているのだと思われる。

ゲノムのメチル化で最もよく研究されているのはプロモーターのメチル化である。DNAからRNAの変換はDNAのプロモーターと呼ばれる領域に転写因子というタンパクが結合して開始される、ということは前に述べた。このプロモーターと呼ばれる領域のDNAがある程度以上メチル化されると、転写因子のプロモーターへの結合が阻害される。このため、プロモーターのメチル化によって、RNAの発生を選択的に制御できる。

人の細胞は新陳代謝は考えているより意外と早く一年で全て入れ替わるというのは前にもどこかで聞いたような気がする。そんな特性を活かしたのがiPS細胞なのかな?知らんけど(笑)。細胞の寿命は意外と短いのでこのような新陳代謝が繰り返されるのだけど、そこに着目した市販の美容系の商品なども出回っている。

生命の神秘をデジタルに置き換える試み、これからの医療やアンチエイジングの分野でどんどん新しい知見が出てきて寿命を伸ばす方法や若返りの手法が近いうちに確立されるかも。

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