シングルマザーの母と弟と暮らす小6の杉原美緒。アルコール依存症の母と暮らしていたが、親類に引き取られることに。それを機に心を閉ざしていく。そんなある日、元検事の初老の男と出会う。彼は一人娘を誘拐されていて心の傷を負っていた。その後、美緒は事件について調べ始める。そこには悲しい真実が。
初老の男との出会い
元検事の永瀬丈太郎が住む屋敷はこの一角にあった。数百メートル四方のこの地区は、近隣の町並みと雰囲気が異なっている。住宅地として開発されたのは 田園調布 とおなじころだと薫さんが言ったことがある。ほとんどの家が、近隣の建て売り住宅の数倍はある広い敷地に、 瀟洒 な造りの建物が載っている。広い駐車スペースには、ほとんど例外なく外車が少なくとも一台は停まっている。 「ここよ」 薫さんが立ち止まった家は、敷地の広さでは周囲に負けていなかった。 「さあ、支度しましょ」 「しましょう」薫さんが紙袋から、用意してきた物を取り出した。 蔦 の 這う 煉瓦 の塀につながる、さびの浮いた鉄門。その前で薫さんは赤いバンダナを頭に巻いた。薫さんの 恰好 は、 袖 が短めの青いTシャツに下はカーゴパンツ、素足にサンダル。わたしと充も、薫さんが買った似たような服を着せられた。わたしは薫さんに渡されたバンダナを、すぐにポケットにしまった。 「あたしたちってさ、おそろいの制服着て、お掃除請負人みたいでカッコイイね」 「かっこいいね」バンダナを結んでもらった充が飛び跳ねる。かすかにきしむ音をさせて、薫さんが鉄の門を押した。ほかの家に比べて、かなり年数を経た建物に見える。玄関先まで、背の高い植木に挟まれた小道を通り抜ける。バッグから 鍵 の束を取り出した薫さんが、慣れた手つきで玄関の扉を開いた。ひんやりとした空気が身体を包む。右側が一畳ほど引っ込んでいて、そこに家具ではなく学校の下駄箱のような棚が、つくりつけになっている。厚手のガラス窓から淡い光が差している。黒光りのする木をはめ込んだ、小さな部屋ほどもあるホールの正面にドアが見えた。
この後、弟にペーパークラフトを教わるという行為を前提にこの初老の男との奇妙な関係が続いていく。元検事のこの男が小6の杉原美緒の人生にツタのように絡まり、この後の展開を予測しながら読むのは楽しかった。
父との接点
母が永年使っている住所録がある。電話が載ったワゴンの引き出しに、無造作に入っているのをわたしは知っていた。ほとんどすべて漢字で名前が書いてあるが、ひとりだけイニシャルしか書いてない項目がある。《T・K》 父の名は 友昭。わたしは小学三年生まで 川崎 美緒という名前だった。穣が死んで半年後の冬の朝、父はわたしに赤い手袋だけを残して家からいなくなった。四年生に進級したとき、わたしの名字は母の旧姓である杉原に変わっていた。父の居所を薫さんは教えてくれなかった。わたしは住所録の《T・K》をたずねてみることにした。すでに図書館の地図をつかって場所は調べてあった。 京 王 線で 八王子 駅まで出て、駅前からバスで五つ目の停留所。バスに乗らなくても早足なら二十分もあれば着くと計算した。自分で描いてきた地図と照らし合わせながら、バス通りを歩いた。予測どおり約二十分後には停留所を見つけた。さらに十分ほど探し回って、目印の郵便局を見つけた。裏のブロックを一軒ずつ見てゆく。目的のコーポラスアオヤギと書かれた三階建てのマンション風アパートを見つけた。汗を 拭いながら集合ポストを見る。三〇三号のところに『川崎』の名を見つけた。首筋がむずがゆくなった。ポケットに手を入れる。もさっとした物に指が触れる。毛糸くずのようになった赤いそれを取り出す。鼻にあてて息を吸う。わたしはその場に五分ほどたたずみ、結局階段を上った。三〇一、三〇二、と数えて川崎というプレートのかかったドアの前に立った。川崎友昭。一字ずつゆっくり確かめる。ポケットの中で毛糸を握りしめる。──なんだ、こんなになるまで持ってたのか? 父が毛糸の塊を見て笑う。── 嗅ぐと、お父さんの匂いがするんだ。父の名の下にも名前があることに気づいた。家族全員の名を記入するタイプのプレートだった。口の中で読み上げる。川崎雅美、美嘉、洋平。洋平の文字はまだ新しかった。世界が夜になった。
父との接点となった住所録、ここから少しずつ彼女の家庭で起こった過去との整合性がパズルのようにハマっていく。今の弟以外にもう一人死んだ弟がいたことやその弟の死の真相に迫っていく。
嘘をついたのはお母さん
「噓をついたのはお母さんだよね。だけど……」母のうつろな 瞳 をのぞいた。話を聞いているのを確認して、ゆっくり言った。
母がついた嘘とは一体何だったのか?ゆっくり真相に迫っていくさまはタオルで首を絞めるかのようにゆっくり読み手の体力を使わせるものとなっています。必見。
家族に起こった悲劇とそれを隠したために生まれた歪。その歪みを取り戻していくため絡まった毛糸を解くようにゆっくり展開する構成でした。
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