会計の世界史｜田中靖浩｜イタリア、イギリス、アメリカ──500年の物語

たった 14 分でアメリカにブームを巻き起こしたビートルズ

「本当に、本当に、できたの？」

伏し目がちの表情がコクリとうなずいたのを見て、ポールは深いため息をもらします。 「どうしよう……」

頭を抱えてはみたものの、勇気ある彼の結論はすでに決まっていたのです。

17 歳のポールは、お腹に小さな命を宿した女性と結婚する道を選びました。

当時のイギリスにて婚外子はかなり不名誉なことでした。

交際していた 16 歳の彼女が妊娠したことがわかり、ポールは急ぎ彼女と結婚することを決めます。

彼女の家族は「まだ子どもを育てるには若すぎる」と反対しました。しかしポールの父親ジムが「乳母車を押す君の姿を俺は誇りに思う」と、彼女を抱きしめたことで話は決まりました。

ポールの決断は進学をあきらめ、音楽をやめて働くことを意味します。ポールは 17 歳にしてその決断をし、ジムも応援すると決めました。しかし、そのけなげな決意とはうらはらな結末が用意されていました。

彼女が残念ながら流産してしまったのです。

小さな命は天国への旅路と引き換えに、 ポール・マッカートニー へ「音楽とともに歩む人生」をプレゼントしました。

ポールは音楽をあきらめずにすみました。彼がビートルズを結成したのは、リバプールがロックンロールとスキッフルのブームに沸くころです。

イギリスで人気の出たビートルズはやがてアメリカ進出を企てます。もっとも有名な音楽テレビ番組エド・サリヴァン・ショーに出演したのが１９６４年のことです。たった「 14 分」の出演でしたが、これを見たビリー・ジョエル少年は「人生が変わった」と語るほど衝撃を受けたそうです。

また放映の翌日、ブルース・スプリングスティーン少年はギターを買い求めるべく楽器屋に急ぎました。そんな少年が多かったせいで、ほとんどの楽器屋ではエレキギターが売り切れたといいます。

ビートルズがミュージックシーンに登場してから数年の間に、アメリカのアルバム売上が急増しました。アメリカに「ＬＰレコードのアルバムを買う」文化を根付かせたのはビートルズです。

当時「イギリスのアーティストはアメリカで売れない」というのが常識でしたが、ビートルズは「たった14分」でその厚いカベをぶち破りました。