分子レベルで生命の設計図たるDNAが解析され、ゲノム工学技術が発展した今、文系理系問わず社会の幅広い分野で必要不可欠な学問となった生命科学。分子が織りなす新しい生命像を日本のノーベル医学生理学賞受賞者として知られる本庶佑氏が最前線を語ります。
ゲノム情報に含まれる未知のもの
64 億の塩基対のうちのどれだけが実際に設計図としての機能を持つのであろうか。タンパク質の構造を決める遺伝子を中心に考えていたつい最近まで、その割合はたかだか 10 パーセント程度と思われてきた。ところが、最近ゲノムのさまざまな部位から大量の RNA が作られていることがわかり、またこの RNA が遺伝子の発現制御に関わることが明らかとなって、ゲノムにはまだ未知の情報が含まれていることがもはや自明のこととなった。
遺伝子とは、1つの機能を持った遺伝情報の単位である、と定義することができる。ここに言う1つの機能とは、一般的にタンパク質またはRNAの構造を決めることである。遺伝子はエクソンとイントロンとから成り立っていることは、先に述べたとおりである。この他に遺伝子の転写や翻訳の機能発現を調節する制御配列が、エクソンの上流(転写のスタートする位置)、下流(転写が終了する位置)、またはイントロンの中に存在する。
制御配列は、この遺伝子が、いつどこで発現されるべきかについて、他の遺伝子からの指令を伝える調節物質が認識する領域である。また転写が終了する位置である下流には、この遺伝子の機能単位の終わりを示す領域も存在する。このような制御配列、エクソンおよびイントロンを含めて、1つの遺伝情報の単位、すなわち遺伝子が作られているのである。
私たちの細胞中の長さ2メートルにも達するDNA、すなわちゲノムのうち、遺伝子が占める領域は、きわめて小さい。
たとえば、私たちが研究したネズミの免疫グロブリン遺伝子の例では、 20 万塩基対にわたる領域の中に9個の遺伝子が存在した。1個の遺伝子はイントロンを含めて約2500塩基対であるから、DNAのおよそ 10 分の1程度の領域が、遺伝子によって占められているにすぎないのである。
「遺伝子は、砂漠の中のオアシスのごとく点在する」という表現は、シティ・オブ・ホープ研究所にいた故大野乾の言葉である。遺伝子構造の詳細が明らかにされるまで、われわれ高等生物のDNAの中に無駄な領域が存在するということは、なかなか受け入れられなかった。これは「神は無駄なものを作りたまうことはない」という信仰に近い確信から、多くの遺伝学者を悩ませた論争であった。
しかし大野乾は、非常に早い時期から、DNAの大部分は〝がらくた(ジャンク)〟であるという表現で、自然界には無駄な要素がたくさんあることを指摘していた。
ゲノム研究が進んだとはいえまだまだ謎の多い研究分野。そのうちの遺伝子が占めるごく僅かな領域だけ分かったにすぎない。DNAの大半を占めるジャンクの存在を指摘したことが今になって重要なファクターに。
生命と価値観
生命の尊さは何ものにも変えがたいという表現は、生命体と生命なき物とを対比して、生命がどのような物質にも勝る貴重なものであるということを意味する。と同時に、生きることが生命体にとっては善であるという価値観を暗黙のうちに認めている。
しかしながら、生命が物質に基礎を置いたものであり、多数の物質の高次の複合体が、生命活動を作り上げていることも疑いのない事実である。生命体のもっとも高度な機能である精神活動も、すべて物質を基礎に置いたものであることは、今日ますます明らかとなってきている。しかしながら、生命体と物質とは、明確に区別される。DNAは物質であり、生命体ではない。生体の構成成分のどれをとっても、生命体とは明らかに区別できる。
では細胞という単位は、生命体であろうか。動植物の細胞は試験管の中で培養することができる。培養細胞が生命体であるのかどうか、これはやや難しい問題である。動物細胞は増殖して、さまざまな複雑な機能を持つ。しかし細胞は、自分と同じ細胞を分裂によって生じるが、個体を生み出すことはない。すなわち、厳密な意味での自己複製能力に欠ける。
しかし植物細胞は、1個の細胞からニンジンやトマトを作る個体になる。また大腸菌という単細胞の生物を考えると、これは試験管の中で生きている細胞とあまり違わない。もし、大腸菌のような単細胞生物を生命体として認めるならば、試験管の中の細胞とどう区別するのかは、やはり難しい問題となる。
多数の細胞で構成された生命と、大腸菌のような単細胞生物の生命との間に、生命としての価値の差があるのかないのかは、科学的には何とも言えないと私は思う。しかし、大腸菌を何億殺したとしても、われわれはまったく罪の意識を感じることはない。意識するとしないとにかかわらず、われわれは明らかに、ヒトの生命は他の種属の生命とは比べものにならないほど尊いと考えているからだ。
しかしよく考えてみると、これはヒトの手前勝手な価値観であり、他の種属の生命体にとっては、まったく迷惑千万な話であろう。
ヒトの生命の成り立ち、すなわち受精卵から個体発生の過程の中で、どこからがヒトと同じ生命体であり、どこまではそうではないと判断するかは、きわめて難しい問題である。これは妊娠中絶をまったく認めない立場から、日本の法律のようにある境界を引いて、それ以降は死産と考える立場まで実にさまざまである。受精卵は1個の細胞であるが、やがて個体になることは確かである。
妊娠中絶は悩んだ上での決断であっても生涯それを引きずることになる悩みの一つ。自責の念に囚われ続けることになるので、よく考えて避妊を行うべき。生命の誕生をどこからとみるかは難しい問題だが日本のように境界を決めてそれ以降は死産とするのも考え方の一つ。
ゲノムが語る生命像と題し最新のゲノム研究の成果を示しながら生命科学入門としての書籍の役割を果たす本書。専門以外の人にもわかりやすく書かれており興味の欲求を満たすレベル。
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