藤子不二雄Aの名作漫画『笑ゥせぇるすまん』では、主人公の喪黒福造が日常のどこにでもいるような老若男女を言葉巧みに陥れていく。喪黒は“誘惑の悪魔”として、様々な手段でターゲットを破滅に導く――。人間は誰でも驚くほど簡単に騙すことができる。そして、人間の心は簡単に操ることができる。喪黒福造というキャラクターを分析しながら、喪黒の“騙しと誘惑の手口”を脳科学の視点で考察し、「人間の心のスキマ」を解き明かす!
驚くべき見識と造詣の深さ
心理学の世界では「高級車に乗っている人ほど交通違反を犯す傾向が強い」ことが明らかになっている。これは、高級車に乗っているという自覚がテストステロンという男性ホルモンを分泌させて、それによって攻撃性が増すためだ。高層マンションや高台の邸宅に住むということに関しては、まだ詳細な学術的検証がおこなわれていないが、高級車に乗るのと同様にテストステロンを分泌させる効果があることは十分に考えられる。もちろん、高級車に乗ったり高層マンションに住んだりすることは、決して悪いことではない。たとえば日常的に着る服も、大きなクライアントを前にしてのプレゼンがあったり、どうしても自分の主張を貫きたかったりする場合は、子どもだましのように見えても、強気の姿勢でいるため高級ブランドを身につけるのが有効なのだ。街頭でアンケートへの回答をお願いする際に、調査員がブランドのロゴマークが入ったセーターを着た場合と、そうでないものを着た場合を比較した実験がある。結果は、ロゴマーク入りのセーターを着た場合のほうが回答率が高かったのである。また、やはり街頭で寄付金を募るという実験では、寄付を募る人がロゴマークの入った服を着ていたほうが、そうでない場合よりも約二倍の寄付を集めたという結果も出ている。はたして、藤子不二雄 先生はこういった心理学の実験データまでご存じだったのだろうか。その見識の深さには、ただ驚くばかりである。
高級車に乗っている人ほど運転が粗かったりするのは、車好きが無理して高級車に手を出すような事情もあるのではなかろうか。自分の運転に自信があるので運転が荒くなるのである。特にスピードが出やすい高級車では乗り方を間違えると下品な運転になりがちなので、高級車に乗っている人は注意が必要だ。ハイパフォーマンスな車で安全運転というのがジェントルマンだということを忘れなければカッコ良さを保つことができる。
ゲイン効果を利用する
喪黒福造は本来の目的(相手に自分を信頼させる) を考えれば困難の大きそうな状況を、あえて逆手に取って利用するというやり方を繰り返している。 たとえば、ターゲットに接近し、ラポールの形成を図る上では「容姿」も大きな武器となる。容姿について言及する際には、美しさの基準とはなにかを定義する必要があるだろう。美しさという価値は、人間が生きていく上では本来、重要ではない要素である。にもかかわらず、人間は誰もが、美しさを気にして生きている。姿形によって周囲の対応が変わるどころか、年収まで変わってしまう。問題は、私たちが、なにを基準に「美しい」と認識しているのかというところにある。それを説明するまえに学術的な用語だが「認知負荷」という概念を紹介しておく必要がある。そもそも、人間は「脳を使わずに生きたい生物」である。人間の脳は、自分でなにかを決断したり、判断したりすることが負担で苦痛に感じるという特徴がある。これを「認知負荷」という。脳は身体の多くの場所をコントロールしなければならない。しかし、本来、脳はそれを好まず、なるべく「思考停止したい」ものなのだ。よって、脳に入ってくる情報は少なければ少ないほどいい。だから、私たちは自分にとって認識しやすいものを美として捉える傾向にある。たとえば歯並びがよいとか、左右対称の顔などに美しさを感じるのである。喪黒福造の外見は定式化しようとしても、どうにも美しいとはいえない。彼の面貌は、誰の目にも「不気味」と映るようにデザインされている。『笑ゥせぇるすまん』は伊東四朗氏主演で実写ドラマ化されたことがあるが、喪黒福造役をイケメン男優が演じれば、女性の視聴者は増えるかもしれないが、それでは作品の本質的な面白さ、特に喪黒福造の接近テクニックの緻密さは表現できないだろう。なぜならば、喪黒福造は自分の外見が与える不気味な印象を利用してターゲットに巧みな接触を図っているからだ。こういった作用を「ゲイン効果」という。その逆が「ロス効果」である。たとえばはじめから鳴り物入りで登場してしまったりすると、その後は、取るに足らないような失策も致命的に不利な材料となってしまうおそれがある。長くつきあいたい相手とはじめて会うときは、相手にあらかじめ与える情報はあまり過剰に盛りすぎないほうがよいだろう。
人は容姿で判断しない、人間は中身だとか綺麗事を言う人はたくさんいるが、結局、ルックスが良い方が得をする世の中。しかしルックスで得られたアドバンテージも中身のない人と思われたらそこで評価はだだ下がり。こうした「ゲイン効果」や「ロス効果」が世の中では数多く存在していて、その中間(見た目通り)というのは案外少ないのかもしれない。
『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造を取り上げて人を騙したり陥れたりする悪の脳科学を紐解いていきます。これが何十年も前の作品なのだからびっくりだ。
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