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「量子論」を楽しむ本|佐藤 勝彦

      2019/10/08

相対性理論とともに、現代物理学のもう一つの柱といえる「量子論」。人間の構造・進化から宇宙のはじまりまで、あらゆる現象を解明するとされるこの物理法則は、我々に未知の世界を垣間見せてくれる。本書は、難解とされる量子論のポイントが一目で理解できるよう図やイラストを多数使って初心者向けにわかりやすく解説。最先端物理学の世界が手軽に味わえる画期的な入門書。

量子の誕生〜量子論前夜〜

放射線の一つであるガンマ線、レントゲン写真に使われる X線、日焼けを起こす紫外線、目に見える光( 可視 光)、リモコンに用いられる赤外線、電子レンジのマイクロ波、テレビやラジオの電波……これらはみな電磁波の仲間です。同じ電磁波の中で、波長の違いによって分類され、名前がつけられているのです。もっとも波長の短い電磁波が、ガンマ線です。その波長はおよそ〇・一ナノメートル以下です(一ナノメートル=一〇〇万分の一ミリメートル)。波長が短いということは、『1章』の『波の波長、振幅、振動数』で説明したとおり、振動数が大きいことを意味します。ガンマ線の振動数はおよそ一〇の一八乗ヘルツで、一秒間に一兆回のさらに一〇〇万倍も振動していることを表します。そしてX線、紫外線という順に波長が長くなり、振動数が小さくなっていきます。光(可視光)は、波長が約三八〇ナノメートルから約七七〇ナノメートルまでの電磁波です。この波長の電磁波だけが、人間の目に見えるわけです。可視光の中で、もっとも波長が短いものが紫色の光です。そして青、緑、黄、橙、赤の順に波長が長くなっていきます。つまり 光の色の違いとは、電磁波の波長の違い(もしくは振動数の違い)なのです。この後、赤外線、マイクロ波、電波と波長がどんどん長くなっていきます。電波は波長が〇・一ミリメートル以上である電磁波です。

目に見えないこのような波長は生活する上では感じることができないので、自ら足を踏み入れない限り一生縁のない学問、科学である。可視光のなかでも身近なのが虹だがこれは電磁波の波長の違いによるものだそう。

自然の本当の姿を求めて〜量子論の本質に迫る〜

アインシュタインの信念とは「物理学は決定論である」というものです。自然現象を表す物理学は決定論でなければならないという考えは、ニュートン以来の物理学の伝統であり、またアインシュタインの物理学者としての美学であったとも言えます。したがって、電子が発見される位置は確率的にしか予言できないとか、物質の位置と運動量を同時には確定できないなどという量子論のあいまいさは、そして「あいまいさこそが自然の本質なのだ」とする量子論の主張は、アインシュタインには到底我慢できないものだったのです。ただし、アインシュタインは量子論を「でたらめだ」と言ったわけではありません。量子論は自然現象を 一定のレベルでは 正しく表現しているものの、完全ではないために確率などという考えを持ち出さざるを得ないのだとアインシュタインは考えました。つまり量子論は完全かつ最終的な理論ではなくて、自然界には私たちがまだ知らない「隠れた法則」があり、その法則の中のある要素( 変数)が電子の発見位置をただ一つに決めているのだと考えたのです。アインシュタインはこの「隠れた変数」 という考え方に基づいて、量子論を完全なものと考えるボーアたちとしばしば論争をおこないました。アインシュタインは論争のたびに、3章で紹介した「神はサイコロ遊びを好まない」という言葉を繰り返して、量子論の不完全さを主張したのです。

物理学の法則をひっくり返すのは並大抵の探究心ではできないこと。それまで信じられてきた通説やなんかを古きものとするといったことは現代の科学の中でもなかなかレアなケースだ。新たな法則を見出す科学者には頭がさがる。

枝分かれしていく世界〜解釈問題を追う〜

量子論では観測前の状態を「重ね合わせ」と考えるために、猫の状態について「半死半生」などという妙なことが起こるわけですが、量子論が示す「観測という行為が持つ意味」に対しても、この思考実験は疑問を投げかけます。観測前に「重ね合わせ」の状態にある対象物は、観測されたとたんに波が収縮して、ただ一つの状態に決まります。これを今回のケースに当てはめると、 私たちが箱を開けたとたんに、放射性物質の状態つまり原子核崩壊の有無が決まり、同時に猫の生死も決まる ことになるのです。しかし、これは本当でしょうか?目に見えないミクロの世界の現象である原子核崩壊の有無はさておき、少なくとも猫に関しては、私たちが箱を開けるまでもなく、生きているか死んでいるかどちらか一方の状態になっていると考えるのが自然です。それなのに、猫の生死は決まっていなくて、私たちが見たとたんにそれが決まるなんて!これを「猫の立場」に立って考えてみてください。猫は私たちに見られるまでは生死の境を?さまよっていて、私たちに見られたとたんに死んでしまったり生きのびたりするのでしょうか? もちろん、箱を開けるまで、私たちは猫の生死を確定的に知ることはできない、つまり確率的にしか 推定できない というのであれば、話は別です。しかし量子論は観測前の猫の生死を「 じつは一方に決まっている が、私たち(箱の外の観測者)はそれを知らない」 とは見なさずに、「生と死の状態が重ね合わせになっていて、生死の どちらか一方だけに決まってはいない」 と考える わけです。したがって「半死半生の猫の状態は観測によって急に生か死のどちらか一方に決定される」という結論を、量子論を信じるなら受け入れなければなりません。でも、皆さんはこんな「非常識」を信じられますか?

箱の中の猫問題は有名なので知っている人も多いのでは。解釈問題としてナンセンスだが面白い考え方だ。

量子論と聞いて興味はあるけどじっくり腰を据えて勉強しようとは思わない人が多いのではなかろうか。そんなライトユーザー向けな量子論の本です。

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